第25話 魔女と魔法
古代から魔女は人々に恐れられてきた。それは自分たちには不可能である飛翔を自由に行うことができることに対する妬みも混じっていたかもしれない。空を飛べるだけでなく、高度な独自の魔法を使うことができる魔女が純粋に怖かったのかもしれない。
魔法と呼ばれる技自体は、魔女ではない普通の人々の中にも使えるものは多かった。明かりを灯したり、水を浄化したり、刃先を鋭くしたり、多くの技を伝える書物も出されている。源泉となる魔力線を知覚することができ、そこから少しでも力を引き出すことができれば、後は正しくその流れを定められた方向に向けてやればいい。
これらの簡単な技とは異なり、魔女の使う技はもっと複雑なことができた。その代表が箒に命を与えて空を飛ぶことであり、他の生き物との精神的な接触である。さらに、魔女の中には、地を裂き、木々を枯らし、川を干上がらせることができるものもいた。単に気まぐれでその力を使う魔女、また、自らの要望が入れられない時に振るう魔女。
これらの存在は、当然のことながら人々の怨嗟の的となった。不幸なことに魔女にとって物事は2種類しかない。自分が興味があるかないかであり、縁もゆかりもない人々は興味の対象になりえなかった。そのために、ある日突然、人々が手に手に武器を持って押しかけて来るのを見て驚くことになる。
大抵の場合は、爆炎の魔法か、氷結の魔法が吹き荒れることになり、大きな悲劇となって伝わることになった。ただ、時には誰かの長い手が、魔女の首に届くことがあり、その死を祝う祭りと宴に人々は浮かれ騒いだ。
一方で、様々な発明をしたのも数人の魔女だと言われている。近年のものを例にあげれば、魔法を詰めておけるカプセルとその発動装置も、マダグレーナという魔女の手によるものだった。魔力を通した銀と水銀のアマルガムで容器を形成し、その中に魔法を施した後に同じ素材の蓋で密封することで「魔法の一時保存」をすることに成功したのだ。
この容器は、魔力そのものも貯めておくことができ、蓄魔缶として世に出回っている。そして、蓄魔缶に貯えられたエネルギーで、ごく小さな魔法のカプセルを飛ばすのが普通の人用の拳銃だ。ハンナ達が携行しているものとは基本原理が異なり、威力も射程もそれには劣るが、軽くて使いやすいため多くの人が利用している。
こうして、多くの憎悪と畏怖、幾ばくかの敬意を向けられてきた歴代の魔女の末端にハンナは身を連ね、過去の者達と同様の視線を浴びせられて立っていた。手には手錠がかけられており、トレードマークの黒い幅広帽は被らず、燃えるような赤毛を晒している。
「それでは、ハンナ・ルー被告の審問を開始する」
サムソノフ大佐が重々しく宣告する。審問の会場となった大講堂には500人が収容できるのだが満席で立ち見も出るほどの盛況ぶりだった。端の方に黒づくめの一団が居るほかは、紺色の陸軍兵士達ばかりだった。
それというのも、ここはアーウルト空軍基地からほど近い、陸軍中央方面軍の第7基地内に所在する建物だからである。ハンナは気象部エース職員のドミニータへの誘拐とそれに付随するいくつかの犯罪行為で告発されているのだった。気象部は陸軍によって警備されていたので管轄はこっちにあると強引に陸軍での審問を進めたのがサムソノフ大佐である。
気難しそうなサムソノフ大佐の顔をうんざりしながら眺めていたハンナは首を巡らして、既知の顔を見出すとほっとする。それに合わせるように、魔女の集団から指笛が鳴らされた。サムソノフ大佐のこめかみに青筋が浮き上がる。
「傍聴人は静粛に。さもなくば退場を命ずる」
「ひどーい。折角2時間かけて髪の毛セットしてきたのに」
「ねえ、ポップコーン売ってないの?」
「ハンナ。私たちがついてるぞ~」
「私たちを除け者にするなんて、やっぱり、何か疚しいところがあるんだろ」
かえって口々に騒ぎ始めた魔女っ娘どもを見てサムソノフ大佐は癇癪を起しかけたが、ぎりぎりのところで思いとどまり、一段低いところに控えるアクス大佐にいら立った声をぶつける。
「アクス大佐。あなたのところの園児を黙らせてもらえませんかな」
アクス大佐は落ち着いた声で応じる。
「私は単なるオブザーバーで発言の権利はないと、他ならぬサムソノフ大佐から伺いましたけどよろしいのかしら?」
「構わん。この1回限りで許可する」
動こうとしないアクス大佐にサムソノフ大佐は苛立ちを増す。
「アクス大佐! いつになったら」
「あら。私のところの園児と言われても見当たらなくて、どうしたらいいものか考えていただけですわ。どこにいるのでしょう?」
歯ぎしりをしながらサムソノフ大佐は言いなおす。
「アクス大佐。空軍の兵士を静かにさせてもらえませんかな。速やかに」
アクス大佐は優雅な動作で立ち上がると良く通る声を出した。
「あなた達いい加減にしなさい。私にこれ以上恥をかかせないで。今は大人しくしてなさい!」
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