第24話 深海の怪物

 ゲオルグの声と同時にハンナは反応していた。上空と海面下の魔力線から大量の魔力を取り込むと箒の穂に流す。急加速を始めたコーラルⅢから振り落とされまいとゲオルグがハンナの服に爪を立てた。チクリとした痛みを感じたがハンナは意識を眼下の大巻貝潜りに集中する。


 機首の搭載砲が火を噴いて、カンタリオンに伸ばそうとしていた触手の一本に命中した。先端から1バーグほどのところで触手を千切り取られた大巻貝潜りは、残りの触手をくねらせる。急接近したコーラルⅢからカプセルが投下されて眩い閃光を放った。


 大巻貝潜りは巨大な円錐状の巻貝の殻に住み着いた大型の軟体動物で、体長は20バーグにも達することがある。あまり海岸の側には寄ってこないのだが、頑丈な殻と強力な数本の触手に敵うものは多くは無い。雑食で何でも食べてしまう大巻貝潜りはまさに深海の怪物だった。


 さしもの怪物も海面より上に触手を出した状態で火炎の暴風に包まれたことで激しく身もだえする。カンタリオンから注意を逸らそうと射撃しつつ飛んでいたコーラルⅢの底面を何かが激しく叩き上空に跳ね上げる。


「うわああ」

 ゲオルグが悲鳴をあげる中、ハンナは冷静に状況を分析していた。大巻貝潜りはいくつかの触手を持つが、そのうちの特に長い2本のうちの1本で機体の下部を強打されたようだ。


「もう、ゲオルグったら、耳元で騒がないで。巻き付かれたら危なかったけど、ちょっと強めに叩かれただけでしょ」

「だけど、あの音、絶対装甲にも傷がついたよ」

「別に箒さえ無事なら飛べるんだから」


 ぎゃおぎゃおと騒ぎながらカンタリオンが近くに寄ってくる。

「カンティ。心配しなくても大丈夫よ」

 ハンナが声をかけると次第に落ち着いていった。

「海に入るときは気を付けないとね。陸や空より大きいものが多いから」

「カンティ、大きくなる。大きくなってやっつける」


 機体を傾けて下を見下ろすと、大巻貝潜りは波間に焼けた数本の触手を残して、海の中へ消えていくところだった。どうやら被害の大きさに逃走することに決めたらしい。それを見るとカンタリオンは降下を開始する。さっと海面すれすれまで降りると漂う触手を掴んで戻ってくる。


「カンティ、危ないじゃない」

「危なくない。居なくなったの確かめた。これ、食べる」

 カンタリオンはまだピクピクと動いている触手の端にかぶりついた。

「ママ。食べる?」

「私はいいわ。カンティが食べなさい」


 カンタリオンはあっという間に触手を食べてしまい喜びの声をあげた。

「美味しかった」

「良かったわね」

 目を細めていたハンナだったが、機体に普段は感じない僅かな振動を感じて、名残惜しそうにカンタリオンに告げた。


「さっき、叩かれたせいでやっぱりちょっと壊れちゃったみたい。修理しなきゃいけないから私はもう帰るね」

「ママ。痛いの?」

「私は大丈夫。すぐに良くなってまた飛べるようになるわ」


「じゃあ、また会いに来てくれる?」

 ハンナはちょっと考えたが、すぐに大きく頷いた。

「もちろんよ。それまで元気にしててね。カンティ」

「うん。またね」


 最後にハンナに目の周りを撫でてもらうとカンタリオンは翅を大きく羽ばたかせて巣穴に向かって飛び立つ。それを見届けるとハンナもコーラルⅢの向きを西に向けゆっくりと飛行を始めた。微妙な振動は収まる気配がないが、すぐに振動が大きくなる様子もない。


「ちょっと、黒毛玉さん、いつまで私にへばりついてるつもり? 自分の席に戻りなさいよ」

「その呼び方は酷くない?」

「そう? まさに名は体を表すって感じがするけど」


「そんなことよりも、この機体は大丈夫なの? 基地まで帰る途中で墜落したりしないよね?」

「スピードは控えめにして、低空を飛ぶことにするわ。その分、帰るのに時間がかかっちゃうけど」


 ハンナは鞄から牛乳の容器を取り出すと口にする。

「ゲオルグ、あなたも飲む?」

「固形物の方が嬉しいけど、仕方ないから貰うよ」

「だったら、さっきの触手を分けてもらえば良かったのに」


「うええ。まだ動いてたし、ヌルヌルしてたんだよ。勘弁してよ」

 ハンナが牛乳を注いだ皿を膝の上に置くとその側にポンと飛び降りてゲオルグが舐め始める。

「ほら。やっぱり牛乳が最高って分かった?」


 ゲオルグは振り返ると、はいはい、という目でハンナを見たが何も言わなかった。皿を綺麗に舐め終わると箒を伝って自分の席に納まる。

「このスピードだとまた夜になっちゃうわね」

「任せてよ。ボクがしっかり案内するからさ」

「頼りにしてるわよ」


 えっへんという感じで背筋を伸ばすゲオルグを見てハンナはクスリと笑う。

「なんだよ?」

「別に。ただ、カンティに舐められたときとはずいぶん違うなって思っただけ」

「ふーんだ」


 太陽がハンナ達を追い越し西の空に沈んで、また再び東の空を明るくする頃になってようやくコーラルⅢはアーウルト基地に到着する。いつも以上に神経を使って滑走路への着陸をきめたハンナが機体から飛び降りると複数の兵士が取り囲んだ。

「ハンナ大尉。あなたを国家反逆罪で拘束します」

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