第22話 マーラート級戦艦
ロケット弾は明後日の方角に向かって飛行を続け岩肌にぶつかって小さな爆発を起こす。
「ハンナ、撃って来たよ。反撃しないと!」
ゲオルグは泡をくって騒いだ。
その間も、ハンナの目は飛行船の甲板から離れない。
「ねえ、ハンナってば、びっくりして放心してる場合じゃないよ」
「別に放心なんてしてないわ。下手くそだなって思ってただけ」
「……余裕すぎるよ」
ハンナは飛行船から離れ、その進路とは逆の方向にゆっくりと飛び始める。
「どうしたのさ? 1発撃たれたぐらいで」
「なんか、おかしいのよね」
「それは分かってたことでしょ。何を今さら」
「あの飛行船は間違いなくガージシク型高速飛行船だったわ。ロケット弾も竜蟲用の単発式だったし。だから、あれはファハールのものなのよね」
「じゃあ、なんで撃ってくるのさ?」
「それよ。ロケット弾の発射装置のところで誰かが折り重なって取り押さえられてたわ」
「どういうこと?」
「うーん。はっきりしたことは分からないけど、あの船に乗ってる誰かは助けを求めてるんじゃないかなあ」
「意味が全く分からないんだけど」
「本気で撃ち落とすつもりなら、あの距離で撃っても無駄よ。一方、私はいつでもあの船を落とすことが出来る。しかも、とりあえず撃ちましたって感じだし。きっと、あの船に捕らわれてて、隙をみて発射したってところじゃないかしら」
「もし、ハンナが反撃してたら命は無いわけだけど」
「最悪それでもいいと思ってたのかもね」
「え?」
「このまま連れ去られるぐらいなら、いっそ道連れに死んでやろうとか、そんな感じじゃないかしら」
「それだけ分かってて逃がしちゃうの?」
ハンナは返事をする代わりに、箒にパワーを送り込み急上昇を始める。そして方向を転じて高空をゆっくりと飛び始めた。朝日が地平線から顔を出し雲や地表を赤く染めていく。前方のかなり下方を先ほどのガージシクが飛んでいた。その先5カンバーグほどにキラキラした光の筋が見える。
ファハールの東端にあたる場所でも、この辺りは特に大きな町が無い。そのことがハンナの想像に確信を持たせる。ハンナはちょっとだけスピードをあげた。
「もう、何をするつもりなのか教えてよ。あの飛行船追い越しちゃったよ」
「もうすぐ面白いものが見れるわ。海を見てなさい」
沖合の大きな島の東側の海域の一点に白い泡が立ち上り始めたかと思うとザバリと何かが浮上してきた。
「あれは、マーラート級潜水戦艦!」
ゲオルグが驚きの声をあげる。
「なんで、こんなところにドミニータの最新式戦艦がいるのさ?」
「あの飛行船の荷物を収容するためなんでしょうね」
「どうして、こんな方向に?」
「嵐を避けるならこっちしかないし、それに私たちの裏をかいたつもりなんでしょうね。……残念でした」
誰に言うでもないハンナの呟きと共にコーラルⅢの機種が心持ち下がる。
「ハンナ。やめようよ。まさか一人であの戦艦沈めるつもりじゃないよね?」
「大正解。そのまさかよ」
ぐんと加速をしながらコーラルⅢは高度を下げていく。
マーラート級潜水戦艦はドミニータの技術の結晶だった。数日間潜水したままで行動でき、浮上して上部の保護装甲を開けば対空火器を山ほど備えた動く要塞となる。通常は北方戦線の陸軍の動きに合わせて出没し、艦砲射撃で陸軍を支援していた。
「ハンナ! 一人じゃ無理だよ!」
「そんなことはないわ。ちょうど浮上したてで砲塔の準備もできていないし、この状態なら一方的に叩けるじゃない」
みるみるうちにマーラートの姿が大きくなっていく。
コーラルⅢは急降下しながらマーラートの上を通りすぎる。同時にハンナは3回ボタンを押していた。結果を確かめる余裕もなく、海面にぶつかりそうになる。ハンナは機首を上げて、穂先から全力で力を放出した。派手に水しぶきを巻き上げながらコーラルⅢは海面から飛び立つようにして駆けあがって行く。
沖合で反転すると、今度は海面から20バーグほどの低空を水平飛行しながらマーラートに向かって突進する。先ほどの爆撃で激しい炎を煙をあげている艦体に向かってハンナは更に2発の魔法カプセルを投下して飛び去った。再び鈍い爆発音が早朝の大気を震わせる。
振り返るまでもなく、マーラートを仕留めたことは分かった。2回目の攻撃で推進機関を破壊したし、艦橋にも命中したはずだ。もう継戦能力を失い漂うことしかできないだろう。火災が収まらなければいずれは艦内の弾薬に火が回り、自らを吹き飛ばすはずだ。
ハンナはそのまま海岸線を突っ切り、マーラートに向かおうとしていたガージシクを射程内に捕らえる。今や、ガージシクの甲板はパニックに陥っていた。自分たちを収容するはずの戦艦がスクラップとなり、敵中に孤立したばかりか、戦艦を屠った魔女が向かってくるのだ。
闇雲に撃ってくる射程外を遊弋しながら、ハンナはレバーを引いて信号弾を発射する。
「投降セヨ。サモナクバ撃墜スル」
赤い光と煙を吐き出す信号弾を見て、ガージシクは発砲をやめる。ハンナの発光信号の指示に従い大人しく近隣の治安部隊駐屯地へとノロノロと飛行を開始した。
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