第21話 雲の上で
ハンナは最大速度で愛機を飛ばす。雲の海がロムルスからの光を受けて輝いていた。その上にコーラルⅢの機影が色濃く映っている。ここにいるのは自分たちだけ。ハンナは世界で自分しかいないような気がして、妙に高揚した気分になった。空を独り占めする贅沢はウキウキする。
「空の上には私だけ。気持ちいーい」
ハンナは両手を力いっぱい伸ばして伸びをする。
「一応、ボクもいるんだけどね」
ゲオルグが振り返って抗議の声をあげる。
「はいはい。私たちだけね」
前に向き直ったゲオルグが喉をならした。
「浮かれてるけど、基地に戻ったらどうなっても知らないよ」
「いーの。営倉なんてへっちゃらだから」
「この間入った時はフラフラだったじゃないか」
「あの時は長い間牛乳飲めなかったからね。今回はちゃんと持ってきてるし大丈夫」
「そういう問題なんだ」
「そうよ。文句ある?」
「ないけど、軍法会議とかになったら面倒じゃない?」
「私は魔女で空軍所属よ。軍法会議なんて考えられないわ」
「でも、今回は無断での脱走だし、軍用機の無断拝借だよね。見方によっては強奪になるわけでさ」
「ちゃんと基地に戻すわよ」
それからしばらくはハンナもゲオルグも口を閉じた。ハンナは口では強がりを言ったものの、ちょっと今回はやりすぎたかな、と思わないでもない。一方のゲオルグも何だかんだと言いながら主のことは気に入っていたし、必要以上に不快な気分にさせるつもりもなかった。
ロムルスが西の地平線に消え、他の星々の輝きが一層増す。ハンナは首を左に向け、北の極星を元に進路が正しいか何度目かの確認を行う。高速で飛行しているのでちょっとした進度のずれが発生すると目的地から大きく外れてしまう。東の空が白み始めて、夜空のきらめきが再び薄れはじめた。
ハンナはゴーグルを引っ張り上げて装着する。もうすぐ朝日が昇ってくるはずだ。
「さあ、今日も1日が始まるわ。なんかいいことが起こりそうな予感がする。空を独り占めできたし」
「折角の気分に水を差すようで悪いけど、他にも飛んでるのがいるよ」
「こんな悪天候に飛ぶなんてありえないわ」
「左前方10カンバーグくらいかな。雲の切れ目ができ始めてる辺りに何かいるね」
ハンナも目を細めて、その方角を見る。確かに何かが飛んでいた。
「あれは……小型の飛行船かしら?」
「たぶんそうだと思う。飛ぶ方角からすると嵐を避けて飛んでるみたいだね」
「ちょっと待って。それっておかしいわよ。あの悪天候の中で離陸するなんて自殺行為だわ」
「誰かさんと同じなんじゃない」
まぜっかえすゲオルグの言葉を無視して、ハンナは自分の思考を呟く。
「コーラルⅢでこれだけの時間がかかっているということは、あの飛行船が飛び立ったのは、私より相当前になるはず。まだ、飛行船には相当厳しい天候状態ね。それなのに無理をしたということは……」
ハンナは機体を下げて速度を落とし、雲の上辺すれすれを飛び始める。
「ハンナ、どうしたの?」
「あの船、怪しいわ」
「ハンナがそう思うなら、そうなのかもね。ボクには良くわからないや」
「確かめる方法があるわ」
「ちょっかい出そうっての?」
「近くに行ってみるだけよ」
「ファハールのだったら何も無いし、ドミニータのだったら、撃ってくるってことだね。単独でやり合おうっての?」
「飛行船の1隻相手なら余裕よ」
「油断して撃墜されてもしらないよ」
「心配しなくても撃ってはこないわよ」
「ファハールの飛行船って分かるの?」
「どっちにしたって撃ってこないんじゃないかな」
「どうして?」
「私とやり合っても勝ち目が無いからよ。1対1なら絶対に私が勝つわ」
「まあ、そうなんだけどさ。放っておいて、竜のところに行った方がいいんじゃない?」
ハンナはニコリと笑う。
「あの子は待っててくれるわ。私のカンがあの船を改めた方がいいって言ってるの。絶対何かあるって」
ゲオルグは口を開きかけてやめた。トラブルを嗅ぎつけた魔女を翻意させるのは不可能だ。
ハンナはコーラルⅢの速度をあげる。上空と地下の魔力線は近隣にそれぞれ1本ずつ存在しており、力を引き出すのに問題ない。複雑な戦闘機動を行うのにも十分だった。そして、ハンナ自身も久しぶりの飛行で心が躍っている。かなりの時間飛んでいたがまだ疲労は感じていなかった。
目標の飛行船は地上からの目を気にしているのか雲の切れ目が広がったが降下をしようとはしない。ハンナは一度飛行船を追い越して、ぐるりと円を描いて戻ってくる。攻撃するなら後方から接近して発砲すれば確実に仕留められたが、まだ相手の正体が分からない以上そうもいかない。破天荒な魔女ではあったが、その程度の分別はわきまえていた。
500バーグほどの距離をおいて、飛行船の周囲を飛び始めるハンナ。飛行船はファハールのガージシク型だった。高速で飛行する船からは発光信号で、何か用かと問い合わせてくる。
「甲板の様子からすると何もないようだけど……」
ゲオルグがそう言い終わるかいなや、閃光が走り飛行船からロケット弾が発射された。
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