第18話 親心
ウラジミール・ソーントン将軍は娘からの手紙を読むとほっと溜息を漏らす。隊の先輩の1人が意地悪だと書き連ねてあったが、それでも最後の方には自分の所属する第3飛行隊が優秀だと書いてある。自然に見えるように配慮しながらもソニアが自分の思惑通りの部隊に配属できたことに満足していた。
ソーントン家は代々軍人を輩出してきた名家であり貴族である。ウラジミールが空軍のトップになったのは、純粋に軍事的な観点で陸軍から独立させて運用した方が有用と考えてのことにすぎない。元々、戦場全体を戦略的に把握して作戦立案するのに長けた男にとってみれば当然の帰結だった。
それでも、砲撃後の騎兵隊による突撃こそ戦場の華と考える陸軍の他の将軍とは折り合いが悪い。確かに野戦において数万同士が激突する場においては、数が物を言うのは事実であるし、魔女の航空隊は数的にはごく一部でしかない。頭の固い将軍たちには魔女の飛行隊の戦略的意味合いは理解されにくかった。
一方で、年若い魔女たちを統率して運用するのも並大抵の苦労ではない。基本的に我儘で命令に従うのは大嫌いという魔女を思い通りに動かすのは難しかった。その点においては、かつては自分自身も空を飛んでいたバージナ・アクスの協力を得ることができたのはソーントンにとって幸いだった。
バージナ・アクスの夫アーウルトとソーントンは親友だった。最初にバージナを紹介されたときはその冷たい美貌に、次いで魔女であることに驚く。しかし、アーウルトは実直で頑固な男だった。周囲の視線など気にせず、バージナを妻に迎え、ごく短期間だが幸せな新婚期間を過ごし、そして、戦死した。
友軍の危機を見捨てず、果敢に支援して最後に離脱しようとしたところを攻撃されて死亡する。その報を受けたバージナはまだ辛うじて飛ばすことのできたコーラル機を駆って、最愛の夫の命を奪った敵軍に復讐を果たした。ソーントンはそのまま軍を去ろうとするバージナを説得して、はねっ返りの魔女たちの制御を依頼する。
それまでは、統一された行動など取るべくもなかった魔女たちを曲りなりにも集団行動をさせ運用できるようにしたのはバージナの功績だ。その結果として、バージナ・アクスは大佐の要職にある。そして、その成果の恩恵に預かったのがソーントンであり、ファハール国の5人の将軍の一人となった。
家柄からすれば、いずれは将軍になったのは間違いないが、この若さでその地位にあるのは飛行隊の功績によるところが大きい。もちろん、魔女の地位向上や物質的な豊かさの提供には積極的に取り組んできた。それでもアクスや魔女に対する負い目を感じずにはいられないソーントンだった。
そんなソーントンの娘ソニアが11歳になり魔女であることが判明した時は世間の親並みに驚嘆した。それでも取り乱して半狂乱になる妻を宥め、それまでと変わらぬようにソニアとは接してきたつもりだ。魔女は癖が強くて突拍子もないことをするが、流布されているほど酷い存在ではないことを知っていたことは大きい。
そのまま、自分の手元に置いて育てたかったが、魔女を寄宿学校で保護するように提案したのはソーントン自身だった。やむなくソニアを送り出したが、何くれと世話をやき、時折、呼び出して一緒に食事をするなどした。定期的に多忙の合間に手紙のやり取りを続け、親子の縁は続けている。
ほとんどのケースで親から絶縁される魔女たちの中で、ソニアは幸せだったと言っていい。その点については胸を張れるがソニアが飛行隊に入る時期になるとソーントンはまた頭を悩ませることになる。ソーントンの名は魔女たちにとっても良く見知っている名前だ。そして、自分が魔女たちに良く思われていないということも理解していた。
人生で一番楽しいはずの時期を保護の名の下に軍務に従事させられているのは楽しいことではない。常に危険と隣り合わせだ。竜蟲にかみ砕かれて死んだ魔女も不時着して酷い暴行の挙句に嬲り殺された魔女もいる。ファハールにおいては多少なりとも地位改善を図れたとはいえ、ドミニータでは完全に憎悪の対象となっていた。
魔女を撃墜すればそれだけで勲章が貰え、昇進も確実となる。ともすれば狂気に満ちがちな戦場に置いて、魔女を執拗に狙う兵士も存在していた。多くの場合においては徒労に終わっているが、狙う者が多ければ万に一つの可能性がグンと上がることになる。
そんな場所に自分の娘が所属することになる上に、周囲の上官や同僚たちがソーントンの名に何かを刺激されるかもしれない。直接危害を加えられる可能性や事故を装って味方に撃たれる危険性もゼロとは言えなかった。何と言っても相手は魔女である。仲間内でも度々乱闘騒ぎを起こす連中だった。
できることならソニアを飛行隊に配属せず、本部付にしたかったが、それをしたが最後、航空隊は二度とソーントンの為には飛ばなくなるだろう。第3飛行隊に欠員が発生した時に、ソニアが任官に時期を迎えていたことでソーントンは苦渋の決断をした。問題児が多いが戦果の華々しいこの隊に配属を決めたことはどうやら上手くいったようだった。
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