第16話 ハーブティ

「ねえ、どうして着任早々に、こんな格納庫で汚れ仕事をしなければいけないんでしょうか?」

 ソニアが覗き込んでいた箱から顔を上げて聞いた。


「これも大切な仕事の一部よ。ソーントン准尉」

「空軍ではあまり階級を気にしていないと聞いていましたがそうでも無いんですね。中佐殿」

「ソーントン准尉。あなたはここでこの作業をする必要はないわ」

「一応、私も第3航空隊に配属されているつもりです。除け者にするようなことはやめて欲しいです。中佐殿」


 格納庫の中の空気が一気に悪くなった。アリエッタは珍しく顔をしかめてイライラとした声を出す。

「准尉。この作業は今まで残弾の帳簿をきちんとつけて無かった私たちの怠慢が原因なの。だから、それにあなたが付き合う必要がないということは説明したわよね」


「でも、それで、はいそうですか、という訳にもいかないとお思いになりませんか? 中佐殿」

「だったら、口を閉じて、作業に集中してもらえると助かるわ。今日中に帳簿を提出することになっているんだから」


 10ミトほどは黙って作業をしていたソニアだったが、我慢できなくなったのか口を開く。

「本当に皆さんは第3航空隊の方なんですよね?」

「この徽章が目に入らないわけじゃないでしょ」


「でも、皆さんって、全員の営倉入り時間の合計が空軍で一番多い第3航空隊なのに、こんな詰まらない仕事を真面目にやるなんて意外です。折角面白そうだから志願したのに」


 ついにアリエッタが爆発する。

「面白そうって、ここは遊び場じゃないのよ。だいたい、欠員が出たってことがどういうことか分かっているの? 戦友が一人空に還ったってことなのよっ!」

「!」


 ソニアがアリエッタの剣幕に驚き呟く。

「すいません」

「もう、いいから。後は司令部に行って、ここの事務的な説明を受けてきて」

「……はい」


 悄然としてソニアが出て行く。ピリピリとした空気の中、3人が作業を続けていたら、格納庫のドアが開く音がする。アリエッタが振り返りもせずに声を投げた。

「何かまだ用があるの?」

「別に用というほどじゃないが、一服せんかと思ってな」

 

 ギルクリクトじいさんが湯気の立つマグを4つ乗せて近寄って来る。

「こういう作業は退屈で性に合わんじゃろ。まあ、ワシの1杯でも飲んでリラックスすることじゃ。アリエッタ」

 マグを差し出しながら付け加える。

「大佐みたいになっちまうぞい」


 片目をつぶるじいさんからひったくるようにマグを受け取るとアリエッタは一口飲む。

「余計なお世話よ」

「じゃがなあ。このままだと、もう一度辛い目に会うことにならんかのう」


「ちょっと。ギルクリクトさん!」

 ハンナが抗議するがアリエッタは制した。木箱の上に力なく座る。

「そうね」


「あんたの責任感は感心するが、それで自分を責めるあまりに、新人にも厳しくするのは感心せんな。あの子がどんな娘かはワシもよう知らん。ソーントン家の娘ということしかな。じゃが、ここにおるシーリアやハンナがここに来たての頃より悪いとは思えんのじゃがなあ」


「ちょっとぉ。何そのセリフ」

「まるで昔の私が酷かったみたいに聞こえるね」

 フォッフォッフォ、と笑ったじいさんは手を胸に当てた。

「良く自分の胸に手を当てて考えるんじゃな」


 しばらく頬を膨らましていたシーリアが笑い出し、ハンナもクスクス笑い出す。

「ほら。ワシの自慢のハーブティ。精神を爽やかにするだけじゃなく、記憶を呼び覚ます効果もあるようじゃ。さて、邪魔したな」

 ギルクリクトじいさんはマグカップを回収するとカタンカタンと足音をさせて格納庫を出て行く。


 唇を噛みしめていたアリエッタはその背中に声をかけた。

「忠告感謝する。ハーブティの魔法使いマギ

 ギルクリクトじいさんは振り返らず空いた手を挙げて言う。

「なんの。ここ数年で一番賢いと言われる魔女なら、とっくに気づいておったじゃろ。ワシはちょっと煮だしてやっただけじゃ」


 アリエッタはハンナとシーリアに頭を下げる。

「見っともないところを見せてしまった。先日のバーリンゲンの件、どうしても自分が許せなくてな。ソーントン閣下の政略に乗ってしまったことをまだ飲み込めない。別に閣下が悪いわけでも、ましてやソニアのせいでもないのにな」


「別にいーんじゃない」

 シーリアの言葉を受けてハンナが言った。

「そうですね。少しぐらい厳しくてもいいでしょう。シーリアなんてもう1年になるのに全然上官への敬意が感じられませんからね。隊長」


「ちょっと。ハンナ。自分だって私より1年以上も早く任官したのに同じ中尉じゃない。いくら先任だからって、そこまで私を子供扱いしなくても」

「はいはい。それに……、やっぱり私の目から見てもソニアは浮かれてる感じがしました」


「二人ともありがとう。でも、厳しくしていい理由にはなっても、きつく当たっていい理由にはならないわ。今後、もし私が感情的だと思ったら遠慮なく言って。ハーブティ! ってね。さて、帳簿片付けちゃいましょ。もちろん、実数より少なめに書いておくのよ」


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