第9話 ハンナの説明

「それでさ、お母さんになったってどーゆーこと?」

 チョコパンを頬張り、渦巻き状のパンの底からチョコクリームをはみ出させながら、シーリアが口火を切った。ハンナは分厚い肉にナイフを入れて格闘している。ようやく切り取ると口に入れてモグモグと顎を動かし始めた。


 ハンナにしてみれば別に焦らしているつもりはない。ただ単に滅茶苦茶お腹が空いていると言うだけである。見かねたジェーンが口を挟んだ。

「シーリア。もう少し待ってあげな」

「だってぇ、気になるじゃない」


「自分は2日営倉に入っていただけなのに、口の周りをチョコだらけにして食事が終わるまで一言も口をきかなかったじゃないか」

「ほら、空腹の時に急いで食べると後でお腹痛くなるし、話しながらゆっくり食べた方がいいんじゃないかなあって」


 黙々と1枚目の肉を食べ終わったハンナはナプキンで口の周りを拭うとグラスに口をつける。

「思わせぶりな話をしちゃったけど、大した話じゃ無いから。カンタリオンと絆を結んだってだけ」


「北の極星がどうしたの?」

「この間哨戒飛行中に会った竜の子よ。色が似てるからカンタリオンって名前をつけてあげたの。まだ自分の名前を持ってなかったみたいだったから」

「本当か?」


 アリエッタが珍しく驚きの声をあげる。

「名付けしたということは支配下に置いたってことか?」

 ハンナは固く焼き上げた棒状のパンをカリカリ食べながら頭を振る。

「ううん。それは無理よ。いくら子供でも竜を従えるなんて。ただ、カンティは私の事をママって呼ぶの」


「名づけしただけでなく、愛称までつけてるのか。しかも、ママ?」

 呆れたようにいうジェーンにハンナは言う。

「だって、長いから舌噛みそうになるんだもん」

 お前が付けたんだろ、というツッコミを飲み込んでジェーンは聞いた。


「今でも精神的な接触は保っているのか?」

「遠いし、お互いの存在を感知できる程度よ」

「しかし、それだけの絆を結んでおいて、良く別れることができたな」

「カンティは強い子だから一人でも大丈夫だよね、って言ったら納得したわ」


「随分と親交を深めたみたいだが、ずっと飛んでいたわけじゃないよな?」

「東の海にある島の一つに降りたの。山の中腹に熱い空気が噴き出してる場所があって、そこの砂地ならカンティが気持ちよく過ごせそうだったから。そこなら、蚤も勝手に蒸し焼きになるしね」


 卵や野菜を散りばめた深皿の中身をフォークで突き刺しながらハンナは言葉を続ける。

「島には大きな生き物もいるし、当面の食べ物には困らないと思う。まあ、成竜になれば食べる量もコントロールできるようになるから、ファハールに迷惑かけることはないんじゃないかな」


「それはいいとして、よくハンナの乗機を一人で離陸できたな。あれを10バーグ以上の高さに持ち上げるには相当うまく魔力線から力を引き出してやらないと無理だろう? その辺りを調整してある飛行場ならヘロヘロになりながらも浮かすことはできそうだけど」


「うん。無理だったよ。もう戻れないかと思っちゃった」

「とか言って、帰って来てるんだからさ、どうやったのか種明かししなよ」

「私も興味があるわね。不時着しても離陸できるなら、今後役に立つこともあるでしょう」


「それがね。カンティに持ち上げてもらったの」

「持ち上げてもらったって?」

「爪で掴んでもらって高いところまで運んでもらったわ」

「それで機体のあちこちに鋭い穴が開いていたわけだ。整備士が泣いてたぞ」


「一応、あれでも壊さないように精一杯気を遣ってもらってるんだから。カンティはちゃんと言う通りにしてくれたんだよ」

「別に責めてるわけじゃない。まあ、力強い竜の前脚で掴んだなら、相当注意深くやったんだろうな」


「そうよ。カンティは凄いんだから」

 シーリアが感心したような声を出す。

「へえ。ハンナってば本当にお母さんみたい。子供の自慢してる。かなりの親バカって感じ」


「だって事実だもん」

 ハンナはぐいと胸をそらした。

「さてと、食事はこれぐらいにしておくね」

「え? これじゃあ、いつもと変わらないぐらいか、少ないぐらいじゃないか」


「お腹の方は治まったから今度はこっち」

 ハンナは天井に目を向ける。

「少し飛んだら戻って来るから。みんなはゆっくりしてて」

 席を立って弾んだ足取りで外に向かっていくハンナを残された面々は呆れた顔で見送る。


「まあ、アタシも1週間飛ばないとムズムズしてはくるけどね」

「誰よりも高いところを飛ぶのは気持ちいいけどさ~」

「空を飛ぶのに熱心なことは歓迎すべきなんだろうが」

 あそこまでくると病気だね、皆は口に出さずに思いを共有する。


 ハンナは愛用の箒と自らを接続して、いつも通りに横向きに座る。意識を集中して、地下からの干渉を弱めていき、上空からの力を強めてやる。ふうっと箒は空高く舞い上がった。地上に縛り付ける力からの解放のさじ加減は難しい。どうしても一気に高く持ち上げられてしまう。ただ、10バーグ以上の高さになるとそこはもう空とハンナ、二人だけの場所だった。

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