バーリンゲン空襲

第10話 ドロイゼン急襲

「はあ? ドロイゼンに敵襲? 中部方面軍は何をしていたんだ?」

 ジェーンが声を荒らげる。上官に対しては些かどころかかなり礼を失した発言だったが、アクス大佐は気にせずに回答する。


「ほら、1カ月前のヘドセンバーグ近郊の戦いの後に、各方面軍から部隊の引き抜きが合ったのよ。それで、ここのところ落ち着いていた中部戦線から索敵に優れた第15師団を回したわけ。そうしたら、軽装部隊に深く進攻されて、ドロイゼンが襲撃を受けたということね。幸いにして人的被害はほぼ無いみたい」


 指揮官である以上、部下の出身地ぐらいはアクス大佐の頭の中にインプットされている。ジェーンはドロイゼン近郊の出だった。

「ただ、聖アントヌルムの大聖堂は焼け落ちたようね……」


 ジェーンはガタッと音をさせて立ち上がる。

「それで敵軍は?」

「侵攻ルートを辿って無事に引き上げたわ」

 アクス大佐はため息をつく。


 アリエッタが挙手する。

「ということは、先日の北部方面の侵攻も、この作戦の為の布石だったということですか?」

「そこまで考えていたかどうかは分からないわね。ただ、こちらのリアクションに付け込まれたのは間違いないわ。どうして敵もなかなか頭がいいわ」


「くそっ」

 ジェーンは机を力一杯叩く。

「アタシが居ればむざむざ大聖堂を焼かせはしなかったものを」

「そうね」

 アクス大佐は逆らわない。


「ドロイゼンの大聖堂を燃やされて市民の動揺も激しいわね。中部方面軍の司令官も窮地に立っているそうよ。そこで、こちらに依頼が来たの。ドミニータの都市に爆撃を加えるよう指示が出てるわ。目には目を、歯には歯を、ってね」

「命令とあらば仕方ないですが、あまり一般人に被害が及ぶようなことはしたくありません」


 兵士どうしならば一応は心の整理ができている。空では圧倒的に魔女が有利とはいえ、今までに戦死した魔女が居なかったわけではない。運悪く被弾して墜とされることもあり得る。命のやり取りをする因果な仕事だが、それは仕方がない。ただ、民間人を一方的に攻撃するとなれば話は別だ。


 そうでなくても、一般人における魔女のイメージはあまり良くない。ほとんどが偏見によるものだと言えたが、過去にとんでもないことをしでかした魔女がいたのも事実だった。夜になっても家に帰らない子供に対して、脅し文句に使われてもいる。

『夜遅くまで出歩いていると魔女に攫われて2度と帰れなくなりますよ』


「攻撃目標はドロイゼン王家の離宮よ。バーリンゲンのシュッフェン城。今のドロイゼン国王ミヤール5世が結婚式を挙げた記念の場所ね。当然、敵の領土奥深くまで侵入することになるから危険は大きいわ。索敵に引っかかるでしょうし、空中戦艦も警備しているでしょう」


「アタシはやるよ。やられっぱなしってのは性に合わない」

 ジェーンが息巻くのに対して、アリエッタの冷静な声が響く。

「命令ではないのですね?」

「正直に言って、あまり意味のない作戦ね。まさに心理的な効果ぐらいしかない。その割には危険が大きすぎる。場合によっては協力を拒否することも考えています」


「えー。なんか調子狂うなあ。バーリンゲンを攻撃せよ、諸君の健闘を祈る、って言われる方がそれっぽいんだけど」

 シーリアがアックスの物まねをして茶化す。


「必要で、それだけの価値があるなら、私は命令します。ただ、今回の件はそうだという自信が持てないの。指揮官としては失格かもしれないけど、正直に言えばそういうことよ。それにここは陸軍じゃないから、たまにはいいでしょう。陸軍さんへの貸し越し超過になってるしね」


「それでも、すぐに断らなかったっということは多少は意味があると?」

 アリエッタが質問する。

「そうね。中部方面軍のファンボルグ将軍は空軍に対して前から否定的ね。今回この任務を成功させることで認識を変えさせることができるかもとソーントン閣下は考えてるようね」


「わあ。どろどろしてて楽しそう」

「シーリア。そう思うなら、早く昇進して私の後釜を襲って頂戴。なんなら推薦してあげようか?」

「えー。無理無理。だって、私は第3航空隊一の問題児だよ」


 アクス大佐が手をパンと叩く。

「ちょっと、おしゃべりが過ぎたようね。それで結論は?」

「それじゃあ、やりたいって人は手を挙げて」

 アリエッタが皆に聞くと、ジェーンとシーリアがすぐに手を挙げる。


「ハンナは反対?」

 ハンナは首を振った。

「気が乗りませんが反対ではないです。積極的にやりたくないというわけじゃありません」


「なら決まりね。アクス大佐。この任務は第3飛行隊にお任せください。あのファンボルグ将軍の鼻をあかせるなら、やる価値はあると思います」

「そう。それは助かるわ。準備ができたら報告を頂戴。実施時期はコートロー中佐の判断に任せます」


 アリエッタ・コートローはハンナの顔を見た。

「あなたのコーラルⅢが作戦の要になるんだからよろしくね」

「はい。決まった以上はもちろん最善を尽くします」

「ありがと。期待してるわ」



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