第6話 哨戒飛行
「前方20カンバーグに鬼虻の群れ。方位35。数は一杯いるね。なんかに取り付いてるみたい。隊長どうしますう?」
シーリアの緊張感の無い声が水晶から響く。先日のヘドセンバーグの戦いから1週間ほどが過ぎ、通常の哨戒飛行中だった。
シーリア自身も目がいいが、使い魔の梟オージはより遠くまで察知することができる。コーラルⅢの最大速度でも1ミトはかかる距離を見渡すことができるので、シーリアがいれば不意打ちを受ける心配はまずなかった。
ドミニータにはろくな飛行部隊は無いのに、ハンナ達が偵察飛行に駆り出されているのは、危険な飛行生物のせいだった。本来なら各地方の陸軍が巣穴を掃討していたのだが、ドミニータとの交戦で手が回らなくなり、平穏を保つことができなくなっている。
中でも鬼虻は危険の象徴と言っていい存在だった。牛を丸のみできる口を持ち、性格は攻撃的で口にできる物ならなんでも食べてしまう。5匹ほどの群れに襲われると村には何も残らなかった。竜蟲に比べると飛行速度は遅いのが幸いだが、頑健な体は小口径の魔法銃では対抗できず、村人にとっては悪夢と言えた。
「私とハンナで片づける。シーリアは哨戒を継続し、逃げ出す奴が居たら撃ち落とせ。ジェーンは後方支援しつつ正面から接近。私は左から攻撃する。ハンナは右からだ。先陣は任せる」
「了解」
アリエッタの指示にハンナは右方向に機体をバンクさせながら加速する。
ハンナは速度を調整しながら、大きな弧を描きつつ、鬼虻の群れにアリエッタと直交するようにして突っ込んだ。ハンナの方が3呼吸ほど早く、そして高度もやや高めのコースにして、万が一にも衝突することがないように気を遣った。機首の連装突撃砲が火を吐き、牛虻から赤い血潮が飛ぶ。
歩行獣の装甲に対してはやや非力な連装突撃砲も鬼虻に対しては十分なダメージを与えることができる。接近しながら、数体の鬼虻にダメージを与えて高速で通過した。ハンナに気を取られた絶妙のタイミングでアリエッタが横合いから突っ込んできて搭載砲で鬼虻を吹き飛ばしていく。
ターンして戻ってきたハンナとアリエッタが掃射を加えると鬼虻は散り散りになりながら、2人を追跡しようとする。そこへ遠距離からジェーンが発砲した散弾が着弾し大混乱に陥った。鬼虻に最大速度で飛行するハンナとアリエッタに追いつくだけのスピードはなく、相互に連携しながら砲撃する2人に次々と数が減っていく。
被害の大きさに鬼虻はそれまで取り囲んでいた獲物から一旦離れて小うるさく蠢動する相手に対処しようとする。
「隊長。あれを見て」
シーリアの声に含まれる好奇の響きにハンナは振り返り息をのんだ。
赤銅色の鱗と大きな翅の竜だった。この大陸ではあまり目にしなくなったが、空と陸における最強の存在の一種。とは言っても3バーグ程の小さな個体だった。まだ生まれてからそれほど経っていないのだろう。鬼虻の爪に傷つけられて血を流しながらフラフラと飛んでいた。
その竜はアリエッタに気を取られた鬼虻の1匹の首筋に噛みつき、その体を引き裂く。大きさではやや勝る相手に対してもひるむことなく立ち向かう姿には小さいながらも王者の片鱗が現れていた。
「ギャオオ」
しばらくすると鬼虻の群れは最早数体にまで打ち減らされ、生き残りは逃亡を始めたが、すべて魔女たちによって殲滅された。空中に残るのは魔女4人とまだ幼い竜だけだった。
「どうしますか?」
ジェーンの問いかけにアリエッタも即答できない。基本的に竜種と人との間にはお互いに不干渉という暗黙の了解がある。個体としては最強ではあるものの本気になった人々に竜は敵わない。一方で大人の竜を討伐するには精鋭部隊を揃えてかなりの損害を覚悟しなくてはならなかった。
このまま、この空域から離れて東の島へ行ってくれればいいが、手負いで気も立っているだろうし、傷ついた体を癒すための食料を求めて村を襲う心配もある。まだ幼い個体だけに分別を期待できそうになかった。残弾が少なくなっているとはいえ、全機で砲火を浴びせれば屠ることは難しくない。
しかし、魔女たちにとって、空を飛ぶ竜は畏怖の念と共に親しみを感じる相手だった。まだ、人と魔女の間がしっくりこなかった時代には、人よりもむしろ竜の方を友としていたこともあったぐらいだ。逡巡するアリエッタの前でハンナが箒を竜に寄せていく。
「トーア,ジェンティルム、ドーラス、ピオ。ア、シム、ハンナ」
ハンナの口からは古代の言葉が放たれていた。それまで、周囲に対する警戒を解かなかった竜から放たれる殺気が和らぐ。ハンナは言葉を続けながら、竜に下から近づくとピタリとコーラルⅢをくっつけた。
軽装甲を施してあるとはいえ、竜の爪にかかれば箒はバラバラになってしまう。皆が固唾を飲む中、ハンナは懐から拳銃を取り出し首筋に狙いを定めるともう片方の手を上空に向けた。パンという乾いた甲高い音が響く。竜の鱗の表面が氷に覆われて、砕け散り、キラキラと光りながら落ちていった。
「ギャオオッ!」
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