第4話 食堂の戦い

「ちょっとぉ。チョコパンが無いじゃない」

 行きの倍近い時間をかけて帰還した第3飛行隊は報告に残ったアリエッタを除いて次の戦場に向かったが一足遅かった。食堂でガツガツ食べている他の飛行隊のパイロット達にめぼしい物は食われた後だったのだ。


 第1飛行隊の索敵士であるセシールが振り返る。その口はチョコパンにかじりついたところだった。

「あら。第3の連中じゃない。来るのが遅いから食べちゃったわよ」

「あああ。私の……」


 涙を浮かべて悔しがるシーリアに見せびらかすようにしてからセシールはチョコパンを口の中に放り込んだ。さらにはみ出したチョコクリームを指にとって舐めてみせる。

「!」

「あー美味し」


 拳を固めて前に出ようとするシーリアの両脇をジェーンが抱え上げる。

「喧嘩は食事してからよ。もう眩暈がしそうなのに騒ぎを起こさないで。さっさと残り物でいいから食べましょ」

「だってぇ、もう愛しいチョコパンがないんだよう……」


 ハンナはカウンターに行くとトレイの上の皿に手あたり次第、食べ物を積み重ね、二人が待つテーブルに運ぶ。それから3往復すると奇跡的に残っていたチョコプリンもトレイに乗せてテーブルに向かった。丁度タイミングよく入ってきたアリエッタも合流して3人は旺盛な食欲を見せ始める。


「ほら、このチョコプリンあげるから機嫌直して、シーリア」

 食べ物の陰になっていたチョコプリンをシーリアに渡してやると恨めしそうな顔をぱっと輝かせスプーンですくった。

「ハンナぁ。愛してるぅ」


 もの凄い勢いで4人は食事を喉に流し込む。主菜・副菜・主食の区別なく少女たちの腹の中に消えていった。目の前の山を3分の1ほど片付けたところでハンナが席を立ち、大きなマグになみなみと牛乳を注いで戻ってきた。


「食事中に牛乳飲むなんて変わってるわよね」

「そうかな?」

「まあ、好きなもの飲めばいいけど」

 酸味を含んだ炭酸水のジョッキをグイと空けながらジェーンが言った。他の二人も食事中は基本的にお茶か水を飲む。


「子供の頃はこればかり飲んでたからね」

 ハンナは入隊するまで湖の畔の高原地帯にある村に住んでいた。牧畜が盛んで村の特産は乳製品。そこでは飲み物と言えば牛乳だった。12歳の時に村を離れて5年になるが、他の食べ物はともかく牛乳を飲む習慣だけは以前のままだった。


 故郷のものに比べると濃さが足りないような気がしたが、基地で提供される牛乳はそれしか無かったので、いつもはそれで我慢をしている。故郷は遠く、コーラルⅢのような軍用機ならいざ知らず、日用品の箒では時間がかかりすぎて行き帰りする機会はなかなか無い。


 腹が膨れると満ち足りて穏やかになるものだが、シーリアはチョコパンの恨みを忘れていなかった。トレイを下げ口に戻そうと歩いていたセシールの前に足を出す。転倒は免れたがトレイに積んでいた皿やコップを派手にぶちまけ、賑やかな音が食堂に響き渡る。


「あら、失礼。足が長いからテーブルからはみ出しちゃったみたい」

 床に落ちていた物を拾い上げようとするセシールにシーリアが形ばかりの謝罪の言葉、もとい挑発の言葉を口にする。

「へえ。いい根性してるじゃないか」


 つかみかかろうとするセシールの前にパッとジェーンが立ちはだかる。

「ここはアタシが食事してるの。止めはしないけど他所でやってもらえるとありがたいわね」

 縦も横も倍はあろうかというジェーンの頼みを断れる人間はそうそう居ない。


 アリエッタは口の中の肉の塊を飲み下すと言った。

「できれば止めて欲しいんだけどね」

「アタシは食事中なんでご自分でどうぞ」

 普段は隊長に対してそれなりに礼儀正しいジェーンも食欲の方が大事だった。


「セシール!」

 第1飛行隊の隊長が戸口のところから叫ぶ。

「もう出撃まであまり時間がないぞ」

「大丈夫。すぐに済ませますから」

「やれー、やれー」


 無責任なヤジが飛ぶ。あっという間に一角のテーブルが端に寄せられて、拳や脚で親交を深めるためのスペースができた。食堂のおばちゃん達はいつものことと諦めて我関せずの態度を示している。食べ物を無駄にするとそれはそれで大変なことになるのだが、そうでない限りは放置だった。


 飛行隊の専用テリトリーには基本的に男性は足を踏み入れない。若い女性だらけということで魔女に偏見を持たない若い男性兵士の中には夢を思い描いて想像を逞しくすることもあった。しかし、現実は霊峰カクタウの山頂の気候並みに寒いのだった。異性の目が無い環境だと、取り繕う必要がないことから人は伸び伸びしてしまうものである。


 ここ、飛行隊の基地においてもその点は変わらなかった。隊長クラスが直接手を出すことは滅多になかったが、年少者が務めることの多い索敵士は比較的に問題を起こすことが多い。その様子は実態を知る者からは、山猿か山猫のようだと揶揄されていた。アクス大佐の眉間に寄る皺の原因のかなりの部分も魔女同士の喧嘩が占めている。


「チョコパンの恨み思い知れっ!」

「鈍くさいノロ亀のくせに」

「誰が鈍くさいですってえ?!」

「鈍くさいよ。鏡を見てごらんなさいな」

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