第3話 暁の襲撃
自分のコントロール下に無い急加速に対して歯を食いしばって耐えていたハンナだったが、魔力線から流れを引き出して渦を作り3つの穂に均等に流す。さらにぐっと加速したがもうハンナは落ち着きを取り戻していた。今やコーラルⅢは完全にハンナの思うままだ。不安になる要素はない。
僚機が揃うのを待ってから、アリエッタはベルトで左の顎に押し当ててある水晶体に向かって指示を出す。
「北の
300バーグの高さだと地上の人はほとんど判別できない。第1巡航速度で飛ばしていると尚更だ。まだ暗い地表を見ても楽しくないし、途中6000バーグを超える霊峰カクタウの側を通るときの気流に気を付ける以外は特にすることもない。強行軍で歩いて30日かかる距離も飛行隊にとってみれば、ほんのちょっと馬で遠乗りに行く感覚だった。
赤く光るカンタリオンは古から地上や海上を行く旅人の友だったように、今空を行くハンナ達にとっても大切な案内人であった。そのカンタリオンを見つめながらハンナは半分意識を眠らせて休息をとる。今は隊の目であるシーリアに任せておけば安心だ。
「総員戦闘配置」
アリエッタの声でハンナは完全に意識を戻す。前方の大地に黒々としたヘドセンバークの防壁の影がうずくまっていた。シーリアを先頭に旋回し真西に方角を変更する。
「編隊解除。フォーメンションD」
シーリアの機体がぐんぐん上昇していく。高高度からの索敵と監視のためだ。アリエッタとジェーンの機が左右にブレイクし、ハンナへ道を開ける。ハンナは前方に意識を集中する。1、2、3、4。標的の高速装甲歩行獣が500バーグの間隔を開けて斜行陣を組んでいた。逞しい6本脚を動かし、ヘドセンバーグを蹂躙せんと闘志に満ちて歩みを進めている。
ハンナは3つの箒の出力を最大にする。爆発的に加速し、ドンという音と共に見えない壁を突き破る。後ろに長く伸びる音の尾を作りながら左手前方の装甲獣にみるみるうちに近づいていく。地上にいた頃ののろのろとした姿からは想像もできない雄姿だった。
ちょうどヘドセンバーグの丘陵から顔を出した太陽を背にコーラルⅢは獲物に迫る。斜行陣を一直線に捕えるように右にゆるい旋回をし、真っすぐに飛びながら、ハンナはシート前のボタンを押した。機体の腹にある投下孔から魔法銀の特殊な皮膜に覆われた黒鉄のカプセルが落ちる。
孔から出たカプセルは自動的に4枚の羽が出て回転しながら落下を始めた。ハンナはタイミングを合わせて3回ボタンを押す。最後のボタンを押すと同時に最初のカプセルが装甲獣に着弾し、信管が作動、半径10バーグの範囲を焼き尽くす爆砕焼夷魔法の嵐が吹き荒れた。
装甲獣の断末魔の叫び声があがり、その背の砲塔ごと炎に包まれていく。砲塔に積んであった弾丸に引火したのか、鈍い爆発音が続いた。
「敵襲!!」
第4師団の兵士たちが狼狽えた叫び声を上げ始める。
「惜っしいなあ」
水晶体からシーリアの声がハンナの骨に響いた。
「第3ターゲットは目標手前に着弾してターゲットはまだ息してるね」
「了解。第2次攻撃に移る」
アリエッタの声に被せるようにハンナが叫ぶ。
「私がもう一度やります!」
ハンナは箒の出力を調整して一番下の箒の出力を上げ、一番上のものを絞り、ほとんど垂直に方向転換すると天空へ駆けあがる。最大パワーで10数える間加速した後に宙返りを決めるとそのまま地上に向かって真っ逆さまに落ちていった。機首を思い切り引き上げる制動をかけると同時にボタンを押下する。後方に光と熱の塊が湧きあがり、コラールⅢを明々と照らし出した。
地上30バーグほどのところに張り巡らせてある箒除けのネットの上端をかすめるようにして、そのまま高速で飛行し海岸を抜けて海に出る。
「ひゅー。相変わらず無茶すんねー」
「ハンナ。自殺するつもりか!」
シーリアの声とアリエッタの声が混ざった。
遅ればせながらコーラルⅢに向かって発砲を始めた42式速射砲に対して、ジェーン機が悠々と発砲し炎上させていく。
「のろいねえ。今更撃っても的になるだけだろうに」
ジェーンの機体であるタイタンは箒を5本並べているが、速度は第1巡航速度しか出ない。その分、各所に分厚い装甲が施されていて、42式の弾が当たってもはじき返してしまう。
無益な対空砲火をする速射砲を一方的に蹂躙したタイタンは機首を東に向けると戦場を離脱し始めた。
「アリエッタ隊長。思った以上に疲労が激しいので帰投するよ」
推進力その他は空中と地下の魔力線からほぼ無限に得られるにしてもそれを操るパイロットの精神力には限界があった。
「悪いけど帰りは第1巡航速度は維持できそうにない。朝食が売り切れててもアタシを恨んでくれるなよ」
ジェーン機を守るように海上から合流したハンナの前にシーリアが高度を下げて来てトップポジションを取った。
「ああっ。私の大好きなチョコパンが無くなっちゃう。先に帰ってもいいですよね、隊長?」
「良いわけないだろう。無駄口を叩いてないで哨戒を続けるんだ」
「隊長のいけずぅ」
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