第2話 アクス大佐

 アクス大佐がブリーフィングルームに入って来るとハンナ達はのろのろと立ち上がり敬礼をする。帽子は壁際に掛けられていた。アクス大佐は元々は整った顔なのだが額に皺をよせ、目は血走っている。ハンナは秘かに自分の不幸を呪った。また面倒事が起きたらしい。この基地に所属する3隊ある飛行隊のうち、今日はハンナの所属する第3飛行隊の出撃日だった。


「着席してよろしい。状況説明を行う」

 アクス大佐の副官が抱えてきた地図を壁に貼り付けた。隣の席のシーリアが息をのみ小さな声をあげる。長い黒髪の三つ編みが揺れた。

「うそ。ヘドセンバークじゃない」


 アクス大佐にギロリと睨みつけられてシーリアはペロリと舌を出す。

「そうだ。北部戦線で我が方の陸軍は大打撃を受けた。後方へ下がりながら部隊を再編しようとしているが、敵の高速装甲歩行獣に対して有効な反撃ができないでいる。ヘドセンバークまで追い詰められてこちらに応援要請が来たという訳だ」


 言外に、早く救援要請をすればいいのに、という慨嘆を込めたアクス大佐の言葉に、アリエッタが手を挙げる。

「陸軍さんが一息つく時間を稼ぐために出動を命じられるのですか?」

「まあそういうことだ」


 アクス大佐はそっけなく肩をすくめて見せた。シーリアが頬をぷっと膨らませる。無理もない。昨夜も南部で緊急の夜間偵察飛行に出ていたのだ。

「睡眠不足はお肌の大敵なんですけど。まあ、私たちはまだ若いからいいけどぉ」


 アクス大佐のこめかみに血管が浮き上がる。ハンナはくすっと笑いそうになるが素早く表情を引き締めると手を挙げて質問した。

「それで敵の防空部隊はどれぐらいなのですか?」

「42式速射砲を乗せた装甲獣が数体配備されてるだけだ」

「なら、楽勝ですね。さっさと片付けましょう」

 アリエッタが仕方ないという風情で言う。


「気象部からの報告ではヘドセンバーグ周辺の天候は晴れ。風は無いそうだ。払暁と共に朝日を背にして接近、攻撃する。目標はドミニータ陸軍第4師団。目的は我が軍の再編時間を稼ぐための攪乱と高速装甲歩行獣4体の破壊。ヘドセンバーグを抜かれると住民の被害が大きくなる。絶対にこのラインを超えさせてはならない。諸君の健闘を祈る」

 

 アクス大佐と副官が席を外すと皆が額を寄せてきゃあきゃあ始める。

「諸君の健闘を祈る」

 キリッ。短く刈り揃えた金髪を振り立ててジェーンが大佐の真似をした。

「似てる~」


 戦場に似つかわしくない少女たちの笑いさざめく声だったがそれも仕方ない。一番年上のアリエッタですら18年の歳月しか経ておらずシーリアに至ってはまだ14歳だった。いずれも魔女だ。若い魔女だけが箒で自由に操り空を飛ぶことができる。ハンナ達の住むファハール国と隣国のドミニータ国が慢性的な戦争状態に入って30年以上になるが、その間、若い魔女で編成される飛行隊は活躍をしてきた。


 工業力で勝るドミニータに対してファハールがやや優位なのは、この飛行隊によるところが大きい。音もなく空から舞い降りて一撃離脱方式で貴重な装甲歩行獣を撃破されてはたまったものではなかった。気性の粗い歩行獣を飼いならし装甲を施して背中に大型砲を積んで運用するまでにはそれなりの手間暇がかかるからだ。


 最近は空中戦艦や羽ばたき機で迎撃するようになってきたが、あまりに機動力が無さすぎて侵攻部隊に随行させるのは困難だった。今回の任務は自領深く進攻されたこともあり、空中戦の心配はしなくていいと思われる。アリエッタの言う通り楽勝だった。


 牛乳の容器に口をつけながら格納庫に向かうハンナにアリエッタが聞く。

「ハンナ、今日は航法士抜き? ゲオルグはどうしたのよ?」

「日中だし天気もいいみたいだから今日はお休みさせるわ」

「ちょっと甘やかしすぎじゃない」

「いーの、いーの」

 格納庫脇のゴミ箱に容器をポイっと放り込む。


 格納庫に入っていくと魔女たちはそれぞれの乗機に散っていった。ハンナの乗機はコーラルⅢ型戦闘爆撃機だ。聖なる森の白樺製の箒を縦に3つ並べた不格好な機体。ハンナの髪の毛の色よりもよりビビッドな赤色で塗装されていた。一番下側の箒には耐火・耐衝撃の軽装甲が施されており、歩兵の大口径銃の直撃にも耐える。


 ハンナは自分とコーラルⅢとの接続を確立すると鐙に足をかけて機体に上って自分のシートに腰を下ろし、5点式のベルトで体を固定した。自分の前には航法士用の座席があり、その先には連装突撃砲が鈍い光を放っている。腰の所の管をシート脇の穴につないだ。これでいつでも口元の空気吸入器から新鮮な空気が送られてくる。


 機体のチェックが完了すると魔力の流れを引き寄せて力場を形成する。機体の先端から紡錘形の力場に包まれた。整備士兼誘導係が特殊な光源の光を浴びせるとぼんやりと青白く光る。高速で飛行する間、パイロットであるハンナを気流から守ってくれる力場だった。


 ハンナが頷くと台車に乗せられたコーラルⅢはワイヤに引っ張られてのろのろと滑走路に進んで行く。あまりに装備が重すぎてハンナの力で離陸しようとすると疲労が激しい。地上から10バーグの高さまでは大地の力が強く及ぶため、離陸だけは機首のフックに付けられたワイヤを高速で巻き取ってその力を利用して飛翔するのだった。


 格納庫から引き出されたコーラルⅢは僚機と比べても明らかに洗練さに欠けている。一度空に上がればまた別の顔を見せることになるが、正直に言って一番鈍くさいもっさりとしたフォルムだった。ハンナが左手の親指を上げると誘導係が青い旗を大きく振る。すると機体が前方に勢いよく引っ張られるのを感じハンナは鐙を踏みしめて細い体をシートに預けた。

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