褒美として与えられた自由⑨
ラーレに代金を支払い、粉の見分け方を教わった後、ノラの使っている部屋にオイゲンを除く3人で向かう。
ノラは、帝都から遅れてやってきた侍女としてゾフィーに説明し、部屋を用意してもらった。しかし修道院の中を歩き回ったら、顔見知りの者と会う可能性もあるため、出来る限り部屋に籠ってもらっている。
彼女の部屋をノックし、声をかけると、可愛らしい女性が顔を出す。彼女はラーレを見ると、嬉しそうに笑った。
「ラーレ、来てくれたのね。嬉しい!」
「一応ね。アンタの恋人にはアンタがここに居る事は知らせたべ。迎えに来るらしい。もしかすっと駆け落ちする気じゃねーがな」
「彼がその気なら、私付いて行くつもり」
「そっか……」
「生きてたらまた会えるから、そんな顔しないでよ! 私がまだ生きてるのはラーレが村人達を説得してくれてたお陰なんだから! すっごく感謝してるよ。そこにいるお2人さんにもね!」
ラーレとノラの会話の邪魔をしてはいけないと、マルゴットと2人黙って見守っていたのだが、話を振ってもらったため、ジルはノラに微笑んだ。
「ノラさんは何もしてないんだから、堂々としていたらいいと思うわ。バザルの村から逃げる前に、なんとかノラさんの無実を証明出来たらいいのだけど」
「有難う……。その気持ちだけで嬉しい!」
「アタシからも礼を言うべ。それとさ、悪いんだけどノラと2人にしてもらえねーがな?」
2人で積もる話もあるのだろうと、ジルは頷いた。もしノラが駆け落ちするなら、2人は暫く会えないだろうから、たくさん話をしてほしい。
「分かったわ。マルゴット行きましょう」
「はい」
ノラの部屋をマルゴットと2人で出る。時刻は6時を回っていて、もう朝食の時間だ。食堂に向かった方がいいだろう。
階段を下り、静まり返った通路を歩く。
「いつもならこの時間はもっと人が居るのに、今日は誰も歩いてないのね」
「私はまだ直接手を下してないです」
マルゴットの黒魔術の具体的な話は朝から聞きたい内容ではなさそうなので、「そうなのね」と軽く流す。
「それより、ジル様はあの大量の粉をどうするんですか?」
昨日ラーレに製粉してもらってから、ジルはそれについて悩んでいたりする。
生産者別にライ麦を手に入れても、そこからどう検証するかというのがかなり難しい。
だから、迷いをマルゴットに素直に伝えてみる事にした。
「私も頭を悩ませてるのよ。修道院のネズミを捕まえて、粉を食べさせてみようかしら……。ネズミには悪いのだけど」
生き物に残酷な事をするのは申し訳なくもあるが、人間に食べさせるわけにもいかない。
「ネズミ……8匹捕まえるのちょっと骨が折れますね」
そういいつつも、マルゴットは、「罠は……」とか「術が……」とか確保する為の方法を考えて初めてくれたので、もしかするとサクッと8匹揃うかもしれない。
マルゴットと話しながら歩いていると、通りすぎようとした部屋の一室から複数人の話し声が漏れ聞こえてきた。
(あら? 姿が見えないと思ったら話し合いをしていたのね)
木製のドアに耳を当ててみると、一昨日修道院に着いた時に、一番最初に話しかけてきた修道士の声がまず聞こえた。
『われらのおかげでブラウベルク南西の教区は信徒が増えていると聞く。だがそれらに対して一切の見返りがないとはどういう事なのか?』
『わざわざ魔女の存在をでっち上げ、村人共が神への信仰に目覚めるきっかけを作ってやったというのに』
『献金は全て教会に流れてしまってますな』
『聞く話によると村人共がケチすぎて献金の額はさほど増えてないとか』
『昔の様に収入の十分の一納めさせるようにすればいいものを、教会の人間は馬鹿揃い』
盗み聞いた話の内容に、ジルは怒りのあまり、唇を噛みしめた。修道士達は村人の恐怖心を煽るために、村に相次ぐ不幸をネタに、無力な人間を魔女として犠牲にしたのだ。こんな事、許されるはずがない。
ジルは頭に血が上り、ドアに手を伸ばそうとしたが、隣で盗み聞きしていたマルゴットに止められる。
「マルゴット……?」
「私に任せて下さい」
「でも私、あの人達に一言言わないと気が済まないわ」
「ジル様は穏やかに微笑んでいてほしいです。その代わり、私があの人達に罰を与えてやります。少し一人にさせてください」
「何をするつもりなの……?」
ジルの問いに、謎めいた笑みで応え、マルゴットはフラフラと去って行った。
◇
昨日よりだいぶ遅い朝食の後、ハイネの元に修道士達が集まる。
「ハイネ様! 教区の献金の分配の体制について相談したい事があります!」
「教会と話し合えよ」
昨日ジルともめた後ずっとハイネの機嫌が悪いのだが、修道士達はそれに気づく事無く話し続ける。
「教会側ががめつく、話にならないのです。どうか私の提案をお聞きください。そして教会との仲立ちをお願いします」
「俺の仕事を増やすな」
「お力添えをお願いいたしまする。修道院の存続にかかわるのです」
「……はぁ、いい加減にしてくれ」
ハイネの声に苛立ちが混ざると、バシリーがテーブルを叩き、立ち上がった。
「ど田舎の坊主ごときが調子に乗って、ハイネ様を煩わせないでもらえます?」
食堂内が緊迫した空気になる。ジルはちょうどいい機会なので、先程聞いた事を問いただそうかと考える。
その事を口に出そうとすると、ちょうどマルゴットが室内に入って来た。彼女は危なっかしく大皿を持っている。
(何かしら、あの皿)
「聖職者の皆さん。村で貰った食材で変わった味のホスチアを焼きました。皆さんの味覚に合う様でしたら、帝都の大聖堂にレシピを紹介したいので、食べてみてもらえませんか?」
マルゴットは珍しくピュアな笑顔で修道士達に話しかけ、テーブルの上に大皿を置いた。
ホスチアとは聖体とも言われ、教会のミサ等に配られる薄いパンの事なのだが、どうしてマルゴットはそれを焼く気になったのだろうか?
嫌な予感がして、ジルは皿の上を確認しに行く。
真ん丸に整えられたホスチアは、表面に様々な印が薄っすらと入れられている。ジルはその印にピンときた。
「マ。マルゴット……?」
マルゴットははジルに性質の悪い笑顔を向け、口元に人差し指を立てた。黙っててほしいという事なのだろう。
「試作ですか。まぁいいでしょう」「美少女の料理は、貴重ですな」「気になります」
聖職者達はハイネに興味を無くした様に、大皿に群がり、次々とホスチアを手に取る。
彼等が手に取った後に残った薄い紙の上には、人名が書かれていた。これはもうジルの勘が当たっているとしか思えない。
「マルゴット、何てことを……」
聖職者達はすぐに飲み込んでしまってたし、何故だかバシリーまでもホスチアを口に入れる。
「食べない方が!!」
止めてはみたが、既に遅く、大皿に乗っていた8枚のホスチアは全て無くなってしまった。
食堂の中にはルーレットに負けた者の悲痛な絶叫と少女の楽しそうな笑い声が響く。
ジルは顔を覆って、床に崩れた。
(最悪な実験だわ……。どうしましょう!?)
◇◇◇
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