批判


 <きれいですね! でも、ちゃんと食べたんですか?>

 <食べ物を粗末にするのは、よくないと思う>

 <これってバイトがやっているのか?>


「え、うそ? なんか、勘違いされているんだけど」


 少しずつ、雰囲気が変わっていく。好意的だったはずの返信は、明らかに不信を含むものに変わったのが見て取れた。


 どうしよう、何か弁明しないと。皆さん、落ち着いて聞いてください。悪いことは何一つしてませんよ、と。


 急いでスマホを抱えて、SNSの投稿を入力する。


 <これは廃棄分を利用しただけです。気分を害したのなら――>


「……」


 そこまで書いて考えた。一体、なぜ、言い訳じみた事をしなければならないのか? これでは、悪事を働いた人と、それを罰する裁判官みたいな関係じゃないか。


 家族や友人ならともかく、名前も知らないし顔も見たことが無い、そんな人の為に、釈明をする必要があるのか。いちいち言わなくても分かるだろう、あなたたちが察しろよ、とも思えてきた。


 なんか、イライラしてきた。ムカムカしてきた。この気持ちを、こいつらにも味合わせたい。ぎゃふんと、一泡吹かせたい。


 さっきの文字は削除した。代わりに、こう入力する。


 <捨てましたけど、それが何か?>


 分かっている。それが、火に油を注ぐ行為だってことを。けれど、なぜだろう、スマホを持つ手の動きが止まらない。


 私は、さらに入力を続ける。


 <ていうか、見ず知らずの人に、とやかく言われたくないんですけど>


 そう入力して、「投稿」ボタンをタップする。私の投稿がSNSに反映される。ああ、もう後戻りはできない。


 ―― ブーッ ブーッ ――


 それは、すぐだった。いまの投稿を見て、だれかが返信したようだ。なんとなく、見なくても内容が分かる気がする。それでも、スマホを取って確認する。


 <ちょっと、この態度ひどくない?>

 <逆ギレ、ワロタwww>

 <なんだ、ただのクズか>


 やっぱり、予想した通りだ。私に向けれられている感情は、疑惑を含むものでは無くなった。


 それは、怒りだ。まさに今、私が抱えている感情と、まったく同じ。


「何か、返したほうがいいのかな?」


 ちょっとだけ、私は後悔した。もしかしたら、取り返しがつかない所まで来たような気がしたからだ。


 状況を一旦リセットできる「魔法のキーワード」があるんじゃないか。色々と考えてみたけれど、まったく思いつかない。


「ああ、そういうことも、聞いておけば良かった」


 バズらせ方に固執するあまり、バズった後のことは頭から抜けていた。いや、友人は、こういうことを「バズる」って言ったんじゃない気もする。


 ―― ブーッ ブーッ ――


 あれこれと考えを巡らしているうちにも、どんどんと返信が集まってくる。少しの時間で、刻々と状況が変化していく。


 <そもそも、この店どこよ?>

 <○○アイスクリームでしょ、チェーン店の。この制服に見覚えがある>

 <昨日の投稿は××駅じゃん。駅前に○○アイスの店舗があるよ>


 内容がエスカレートしていく。どうやら、中の人を特定したいらしい。なぜ、そこまで私に興味があるのか。赤の他人で、無関係な人間なのに。それをすることで、あなた方の実生活に、一体どういうメリットがあるのですか?


 ああ、こいつらに罰を与えたい。言葉の粛清を。


 ついに、私は一線を越えた。スマホを片手に、短い言葉で、


 <暇人。死ね>


 とだけ返信する。


 ―― ブーッ ブーッ ――


 <!!!!!>

 <+-=*$>

 <#&@~¥>


 すぐに、反応が届く。もはや会話ではない。悪口にもなっていない。日本語にもなっていない。ただの、純粋な悪意の塊が、雹のごとく降り注いでくる。


「アハハ! 効いてる、効いてる」


 なぜだろうか。この状況が楽しくて、楽しくて、つい笑ってしまった。


 バズって嬉しい。

 疑われて哀しい。

 うざくて怒る。

 その後は楽しい。


 ちょっとの間で、一体どれほどの感情が変化したのだろう。文字通り、それは「喜怒哀楽」だ。あれ、ちょっと順番が違うな。まあ、いいか。


 ―― ブーッ ブーッ ――


 SNSの通知が止まらない。止まるはずがない。その間も、スマホはずっとバイブで震えっぱなしだ。一体、何件まで伸びたのだろう。リツイートの数を確認する。


 ―― リツイート 10082 いいね 19861 ――


 ついに1万越えだ。SNSのトレンドワードにも入ってきた。「○○アイスクリーム」「バイトテロ」って。どうやら、私の投稿のまとめサイトまで出来たらしい。本当に、ひどい話だ。


 ていうか、返信が多すぎて、全然読めない。まあ、内容は大体想像つくんだけど。


 ―― ブーッ ブーッ ――


 バイブが鳴動するのにも慣れてきた。もはや返信の内容を確認する気にもならない。一応、リツイート数だけ確認してみる。


 ―― リツイート 25901 いいね 51812 ――


「びっくりするぐらい、バズっている……」


 いや、こんな形でバズりたかったんじゃない。ただ、みんなに「いいね!」って言ってもらいたかった、それだけなのに。


「今から、ごめんって言ったら――」


 許してくれないだろう。ネットの文化に疎い私だって、それくらいは分かる。


「もう、いいや。関わらないでおこう」


 部屋の電気を消して、ベッドに飛び込んだ。スマホは、ずっとバイブが震えている。けれど、無視することにした。また明日だ。朝になったら、考え直そう。


 そう、朝になったら……

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