第3話 ジャングルグルグル
……蒸し暑い。顎先に溜まった汗を半ば機械的に拭う。どうせまたすぐに溜まるだろうから、汗を拭う意味はほぼ無い。だが、拭わずにはいられない。そうでもしていないと意識を保てない。このぬかるんだ地面を、もう何時間歩いただろう。ボーっとした回らない頭でそんなことを考える。どうも出発した時のことをはっきり思い出せない。生まれた時から永遠に歩き続けてきたような気さえする。水筒の水はもう尽きた。周りを歩く仲間たちの足取りもおぼつかなくなっている。目の前に見えるのはひたすら木、木、木。分け入っても分け入っても緑しかない。頭がおかしくなりそうだ。
「本当に……遺跡なんて……あるんですかね」
誰からも言葉は返ってこない。返ってくるのはぜいぜいという荒い息の音だけだ。もとより返事など期待していない。この調査隊のメンバーは皆体力自慢ばかりだが、さすがにこの蒸し暑さには勝てないようだ。一歩歩くごとに空気自体が粘度を持って、ねっとりと肌に絡みついてくる。巨大な蛇に丸のみにされたかのようだ。この密林の名が「蛇の森」だというのにも納得だ。まあ大蛇が多いから「蛇の森」とついたそうだが。今まで一度も大蛇に出くわしていないのは幸運といっていいだろう。できれば森を出るまで出てこないでほしい。遺跡なんて見つかるかどうか怪しいもんだが、見つかれば世紀の大発見だ。それを蛇の腹の中で腐らせるなんてごめんだ。ここを無事に出て名声を手に入れるまでは死ぬものか。……遺跡が見つかるか、いや、この密林を出られるかどうかも怪しい状態ではあるが。ふと笑いが込み上げてきた。慌てて笑い声を抑える。この調査隊に参加している十数名の男たちは、見つかりっこない遺跡を探すためにわざわざ出て行けるかも分からない森の中をさまよっているのだ!ただの哀れなピエロじゃないか!そう思うと、途端に周り全てのものが滑稽に思えてきて、堰を切ったように笑い声が溢れ出した。周囲に響き渡った狂気の笑いに仲間たちがビクッとした。それが面白くてまた笑った。
「おい、大丈夫か?頭やられちまったか?」
後ろを歩いていた仲間が話しかけてきた。その様子が面白くてもっと笑った。
「……無駄だ。完全にやられてる。」
前を歩いていた仲間の言葉で更に笑いが込み上げてきた。その感覚が妙に覚えがある感覚で、またおかしくなって笑った。笑って、笑って、笑いまくって、過呼吸になるんじゃないかと思うほど笑って、ようやっと息をついた。気づいたら仲間の後ろ姿が随分小さくなっていた。小さい後ろ姿を見たらまた笑いが込み上げてきて、大きく息を吸った。その時
「遺跡だ!見つけたぞ!」
隊長の大声が空気を震わせた。遺跡が見つかった?呆気にとられて笑いが引っ込んだ。耳を疑った。思考が停止した。全ての音が消え去った。一瞬の静寂。緊張。そして
おおおお!と言葉にならない雄叫びが、地を揺らした。森を揺らした。心を揺らした。調査隊全員の心からの叫びだった。暑さはもう吹き飛んだ。汗なんてもうどうでも良い。一目散に仲間達のもとに駆けた。仲間達と合流し、今度は遺跡に向かって競うように駆けた。心は一丸だった。ブレにブレる視界に最後に映ったものは、苔むしたピラミッド群と、その中心にある巨大な黄金の正二十面体だった。それから後はぐちゃぐちゃしていて良く分からない。気付いたらもう朝になっていた。出発の準備を進める。いつの間に使ったのか、食料は残り少なくなっていて、十分な調査はできそうにない。だが、隊長の手帳一冊だけでも大収穫だ。胸を張って帰れる。準備は順調だ。遺跡内の井戸で水もたっぷり補給した。これで干からびることもないだろう。ふと周りを見渡すと、自分以外はほとんど準備が終わっているようだった。みんな旅慣れているだけあって、準備が早い。慌てて準備を進めた。
結局準備が終わるのはビリだった。ほかのみんなはとっくのとうに隊長の前に並んで待っている。急いで列に加わると、隣に小突かれた。
「お前、前の調査もそうだったけど荷造り遅いな。もうちょっと早くやってくれよ。」
前?違和感を感じた。
「しゅっぱーつ!」
隊長が号令をかける。隊列が動き出した。
「前回って……これが調査初体験なんだが……」
隣が訝しげな顔をした。その顔に凄まじい既視感を覚えた。このやりとり、この顔、体験したことがあるような気がする。いや、「気がする」じゃない!確かにこのやりとりは体験している。覚えがある。だが、どこで?隣とは初対面だった。一体どういうことだ?そこまで考えたとき、何かを踏んだ。カチリ、と音がしたような気がした。次の瞬間、背後から強い光が襲ってきた。振り向くと、黄金の正二十面体が輝いているのが一瞬見えた。次の瞬間、頭が真っ白になり、何も分からなくなった。
我に返ると、なぜだか見覚えのあるような場所を歩いていた。最初に感じたのは顎先に溜まった汗の重みと、水筒の軽さ。それと……蒸し暑い。俺は顎先に溜まった汗を半ば機械的に拭った。
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