ヒューマンハード

一粒の角砂糖

ヒューマンハード

「……もう治らないんですか。」


不安そうに白衣の男たちを見た。


「……はい。恐らくあともって数時間です。我々も全力を尽くしましたが、お力になれず申し訳ございませんでした。」

「いえ、大丈夫です。あの……。」


「なんですか?ひめみさん。」


「最後の数時間だけ、彼と二人でいさせて頂いてもいいですか?出来れば器具も調整機も外した彼の状態で。」


それを聞いた医者は長い沈黙の末、口を開いた。


「……分かりました。少しお待ちを。」


と言って病室に入っていった。

数分後に器具を両手に持ち、運び出す白衣の男たちが出てくる。


「お待たせしました……何かありましたら呼んでください。」


男達が彼女の横を通り過ぎると、廊下には男たちとそれを見る少女だけになっていた。


「……。」


男達の足音がはっきり認識できる程の静かな廊下で。

彼女は一歩踏み出した。


部屋に入るとそこには、

ベットの上で、窓の外を眺める

機械人間がいた。


「……ひ、めみ……?」


振り向いた青年の首には包帯のようなものが巻かれていた。

そこに機材のようなものがついている様子はなかった。


『私の事……まだ思い出せるんだね。あなたの恋人の。』


開けっ放しの扉の取っ手を離し、ベットに歩みよった。


「……うん。ひめみ。わかってるよ。」


体の向きを変え、彼女の手を優しく握った青年は深く頷いた。


『……怖い?今から忘れちゃうんだって。』


先程離したドアが閉まるとと同時にその言葉の重みが青年にのしかかる。


「……聞いたよ。ハードを保存してる部分の中心部にウイルスが入って中から侵食してたって。」


『ごめんね。もっと早く気づいてあげれば、思い出はそのままだったのに。』


彼女は握られた手をぎゅっと強く握り返したが、彼の手は少し冷たく感じた。


「大丈夫。ひめみはわるくない。悪いのは、俺だから。」


不安そうな彼女の手を優しく撫でた青年は、目を見て言った。


『……そんなことない。』


見つめられた目は不安でいっぱいで既に潤んでいた。

あることが気になった青年は首に巻かれた包帯のようなものを取りながら聞いた。


「……なぁ。俺が記憶を忘れたあとどうするの?」


『えっ……。どうって……』


意外な質問だったのか、目を丸くした。


「記憶が消えても体はそのままじゃんか。もう一回好きにさせてくれるの?」


『……今そういうこと話してる場合じゃないでしょ。』


顔を赤くし、握っていた手を咄嗟に離して顔を隠すようにして分かりやすく恥ずかしがった。


「いいや、大事なことだろ?俺はお前のこと大好きだから。」


少女の手をつかみ、青年はどかすようにした。


『私は……今のあなたが好きなの。記憶とかデータをなくしたあなたが好きになれる自信がないの……。』


だんだん小さく、顔を俯かせながら恥ずかしそうに言った。


「そっ…か……。まぁ仕方ないよな。」


『ねぇ……覚えてる?はじめて私と会った時。』


「んー……幼稚園の時とかだったかな?」


『あってるよ。偉い偉い。』


少女は青年の器具のせいでおにぎりのように平たくなってしまっていた頭を撫でた。


「告白したのは中学生の頃だっけ?」


『そうそう。道端にある花を取って、私に渡してきたよね。』


「あんなのどーでもいいってば恥ずかしい。」


『うるさいよ。私はあれでも嬉しかったのに。そんなにコロコロ度合いを変えられたら拗ねるよ。』


ムスッとした表情で両ほっぺを膨らませ、典型的な怒り顔を見せた。


「最後くらい可愛くして欲しいのでわかりましたーと。」


少し挑発するように、いつものように言ったはずの青年。


『……ずるい。……ばかっ。』


少女はいつもと違うみたいだった。


「何がずるいんだよ!?訳わかんないって。」


『わかんなくていい。』


少し困惑したが、理由よりも青年は伝えなければならない2つのことを思い出した。


「……いい知らせと悪い知らせがあるんだがどっちから聞きたい?」


『こういうのは悪い方から聞く。』


「それじゃぁ悪い方から……まず俺がこの後10分で記憶が無くなっちゃうってこと。」


目を細め悪事を咎められた子供のように走り口調でそう言った。


『えっ……お医者さんは数時間あるって言ったよ……?』


時計を確認してから、少女は驚いた。

同時にものすごく不安そうな顔をしていた。


「……俺がそう言ってくれって頼んだんだよ。じゃねぇと話も落ち着いてできないよ。」


ぎゅっと少女を包み込む。


『嘘つき……やっぱりばか、あほ……死んじゃえばいい……やっぱ嘘……。』


胸の辺りから鼻水をすする音や泣き声混じりの罵倒が聞こえる。


「泣くな泣くな。まだいい知らせを言ってない。」


『内容によっては殴るから……っ。』


思わず「げっ」と分かりやすく声を出してから少し黙ってから口を開いた。


「……お前が来る前に手紙を書いたんだ。

それは俺が行っちまったあとに読んで欲しいんだ。その後にまた俺に沢山教えてやって欲しいんだ。」


背中を優しくさすりながら言うと、さらに下の方から聞こえる泣き声は激しさを増した。


『うん……。あなたとのことたっくさん教える……。』


決心したのか小さな声でそう聞こえた。


「なら大丈夫だよ。……最後くらい甘えてもいいよ。」


『……うんっ……。』


バサッと先程の形から体重をかけて、青年を押し倒した。

彼女も一緒に倒れてきた。


「おいおい大胆だなぁ。いきなり乗ってくるなんて。らしくもないじゃんか。」


ははは。と青年は笑っていたが彼女の目には決壊寸前の涙がうるうると溜まっていた。


『お嫁さんにしてくれるって、幸せにするって言ってくれたもんっ……。』


少女の心のブレーキは壊れてしまった。

抱きつき泣きながら心の内を伝えていった。


「ごめんな……」


こんな子を残していけないなんて思ったが、もう選択肢はなかった。


「……そろそろだ。これでほんとに終わる。……ありがとうな。ひめみ。」


『やだよ……いかないで……。』


「俺だって行きたくないよ。けど……ほら、涙拭けって。新しい俺にドン引きされちまう。」


先程外した包帯を差し出すと、

少女は姿勢を元に戻し、それで涙を拭いた。


『だって……だって……。』


「俺のハードが消えても俺は俺だから。な?だから笑ってくれよ。最後くらい……。」


クッと青年は顔を上げさせた。


『……うんっ……好きだよ。』


まだ笑顔にはなりきれない彼女はやはり不安と悲しさでいっぱいのようだ。


「俺も、お前のこと好きだ。……放置してると電源ごと落ちちまう。覚えてるよな。コード。」


青年は恐怖心を隠しつつもそれを切り出した。


『覚えてる……貴方には教えてない大事なコード。ずっと言いたかったことなのに今すごく言いたくない……伝えるくらいなら嫌われてたらよかったのにって……。』


また涙が溢れてきている少女。

1番恐れているはずのことを口に出すくらい別れは惜しいものだ。


「辛い思いさせてごめんな。俺の最後はひめみに頼みたいんだ。お願いだ。」


立ち上がり、ぎゅっと抱きしめて耳元で囁いた青年はベットに座った。


『……うん。』


荒くなる彼女の息遣い。

ドクドクと未だに一定の鼓動を続ける機械人間であるはずの青年の心臓も鼓動を早まらせる。

『今までありがとう。大好きだよ。またね。』


一番思いのこもった大好きが、彼の胸に届いただろうか。

『またね』と優しい言葉で包んだ。

それを告げる時彼女はとびきりの笑顔を泣きながら見せた。


「おう。また……な…………あ…………『コードが発言されました。データを削除し、機能のリセットを行います。』」


青年は思いを言う前に機械音で遮られてしまった。


『…………。』


機械音の中彼に言われた手紙を泣きながら手に取った。

【ひめみへ。】

あなたのおかげでとても楽しくて幸せでした。

ずっと愛していられるって思っていたんだけれど、記憶まで食われちゃったらどうしようもないみたいで、お医者さんもお手上げだったみたい。

自分を人と同じように自分を愛してくれたひめみがすごく好きだった。

今までありがとう。

【あなたの恋人より。】


『あれ……?』


読み終わって、手紙が涙で濡れて透けているのが見えると裏に黒い固まりが貼り付けられているのがわかる。


『なにこれ……。』


【再起動中に差し込んで】


『……もしかして。』


「『データ削除が完了しました。再起動を開始します。』」


立ち上がり、包帯を外して見えるようになった青年の首元にあるケースを取り外すとあるはずのものが空になっているのに気がついた。


『思い出……消えちゃったんだ。』


泣き出しそうなのをぐっと堪えて、ケースの中に手紙のメモリを入れて、首元に入れ直した。

彼がなにかしてくれてる。

期待を胸に抱いて。

機械音と共に完了を待った。


「『再起動完了しました。メモリーカードのスキャンを開始します……。』」


『……。』


ゴクリ。と唾を飲む。


「……ひめみ……?」


目を開いた青年は先程と同じように感じる。


『……わかる……の……?私……。』


名前を呼ばれた驚きのあまり胸の高まりを感じる。


「俺の恋人……であってるよね……?」


頭をポリポリかきながら自信なさげに、そう言った。


『うんっ……うんっ!』


「ちょっ、うおっ!?」


バサッと飛びついて強く抱きついた。

その顔は人が変わったようだった。

少女はこれまでのことを話した。


「……なるほど。またたくさん教えてな。」


『そうだね……そういえばどうして覚えてるの?』


「前の俺の表面上の記憶だけ残してあったみたいでね。」


『……名前とかだけ残ってるってこと?』


よくわからない少女は青年を質問攻めにする


「そこまでも覚えてないかな。顔くらい。」


むにーっと少女のほっぺたをつまむ青年


『なんでそれじゃぁ私のことは……。』


あっ……と気がつくとみるみると顔を赤くしていく少女。

また手で顔を隠そうとしたが今はそれよりも彼の顔が見たいようでやめた


『ずるいんだからほんっと……。それじゃ、まずあなたの話をしよっか。』


「おねがい。」


機械仕掛けの2回目の恋が今動き出した。

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ヒューマンハード 一粒の角砂糖 @kasyuluta

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