第6話
朝露が冷たくて起きた猫は、窓まで歩く。
部屋の中で老夫婦は並んで食事をとっていた。
汚く食べ終えた老いた男の周りには、
小さな米粒が散らばっている。
老いた女は、睡眠薬の瓶からいくつか丸い錠剤を出す。ガラスのコップに水が入っている。
「お薬です。飲んでください」
男に差し出した女の手は小刻みに震えていた。
「薬はもういい」
「飲んでください。お願いします」
男は女の震えた手をはじく。
青白いままの錠剤は、静かに宙を舞う。
「いらんというのが分からんのか」
男は窓を開け、飛び出して道路に出る。走り出す老体の関節から軋む音が聞こえるような気がした。
後を追う猫は、曲がり角の先を走っているオートバイには気がつかない。
(オートバイはスピードを出していたから一瞬で死ぬことができた。)
「それで俺がお前を拾って食ったと」
(だいたいそんな所かな。)
ホームレスの男は、坂を登り終えて深呼吸をする。
(あの夫婦が生きていればいいけど)
「間に合わないだろうな」
(間に合わせるために走るんだよ。)
男はスピードを上げる。
「何だか人の為に動いているような気がする。こんな事は初めてだ」
(あの角を曲がればすぐだよ)
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