第61話「種明かし」
「それでリースの願いは決まったのか?」
「うーん、今すぐにはちょっと決められないですね。自分の一生のことですし。カインさま、後日ということでよろしいでしょうか?」
「いや、特に期限はないからいつでもいいが」
(一生のこと?)
リースの不穏なワードに軽くビビりながらもカインは鷹揚に答えた。
「あ、お話が脱線してしまいますが、ゼナイドさまとのご婚約がお決まりになられたようで、お祝い申し上げます」
「その顔はどう見てもお祝いって感じではないだろう」
「ぷぅ」
「ぷぅじゃないが」
カインが指摘した通りリースはハコフグのように頬をパンパンに膨らませていた。
「その話、もう耳に入っていたのか」
「ええ。そうよねライエ」
「はい、あるじさま。私と姉さまは直接ゼナイドさまから聞きましたので」
リースはあからさまに不満そうな表情を作っていたがライエはいつもと変わらず穏やかな笑みを薄っすら湛えているので感情が読みにくい。
「あのな。断っておくが、アレは上手くリューイ公に嵌められたようなものだ。第一、私の婚儀が王都にいる父上を通さずいくら大叔父上とはいえ勝手に決められるわけがないだろう」
「ぷくく。わかっておりますよ。カインさまもリューイ公もゼナイドさまにまんまとやられてしまいましたね」
リースは目を細めて口元をゆるめた。
「はぁ?」
「あのですね、あるじさま。これはすべてゼナイドさまがお膳立てしたことなのですよ」
「ライエ、それってまさか――」
「そうなんですよ。カインさまがお察しの通り、件の騒動の間、ゼナイドさまはパラデウム派のジャッカルに自分の影武者を投降させておいて自らは城中の誰も気づかれない場所に隠れていたのです。そして、カインさまが手際よくことを収めたのを知ると、お父上であるリューイ公の身の危うさを悟って、自らリン・グランデを出て隠居することを勧め、さらには貴族たちの前でカインさまが婚約をハッキリ断れない状況を作って御身の安全を確保したのです」
「しかし、なぜそれを……?」
「ご本人から聞きました」
(マジか)
「ゼナイドさまは修道院からお城に移られて日が浅く、心を許して話のできる人間が少ないのでございます。それで、お屋敷で歳が比較的近く一族の女子となると私と姉さまくらいしかおらず、此度のことも特に警戒せず話されたのだと思います」
「ゼナイドさまはお知恵は回りますが、どうも単純といいますか、人を信じやすいというか、チョロいというか……」
「あのな、それを私に話してしまってもよいのか」
「あら? 私と妹はすでにカインさまに身も心も捧げておりますゆえ」
そういうとリースは口元に手を当て「おほほ」と上品そうに笑った。
(女の友情とは儚いものだな)
カインは女性の心変わりの早さを恐れた。
「ま、理屈はわかった。とりあえずゼナイドのことは放置だ。正式な話なら大叔父上も私ではなく父上とするだろうしな」
「カインさま、ゼナイドさまは身内には甘いですが自らやることには手抜かりはありませんよ。きっとすでに王都のほうにはカインさまとのご婚約が調ったことを、それはもう本当らしく装飾して手紙なり伝令なりを出立させていると思われます」
リースは「チチチ」と舌を鳴らしながら人差し指を振る。どうでもいいが、カインは領主代行の前で淑女がやる仕草ではないなとひとり思った。
「しかしリースよ。本当に身体のほうは無理をしないほうがいい。私も自分の屋敷に戻ったら王都の商人に手配をしてよく効く薬をすぐに届けるよう手配する。今回のことは本当にすまなかったな」
「いいえ。わたしはむしろうれしいのですよ。お慕いするカインさまのお役に立てることができて」
「リース……」
「そんな顔をなさらないでくださいませ。ライエなどはむしろわたしの怪我を羨ましいなどというくらいですので。怪我は、本当にただの打ち身とかその程度なのですぐに消えてしまいます。けれど、この傷が消えるまで。わたしは自分の傷を見返す度にカインさまのお役に立てたことを思い出し誇りに思うことにいたしますわ」
「なんか重かったな」
カインはリースの見舞いを終えたのち、私室でわずかな休憩を取ってすぐにリューイ公が開いた夜会に出席した。
リューイ公の屋敷は昨晩の騒動で荒れていたので、急遽、場所を外に移して庭園での宴である。
表向きは遅まきながらカインがカルリエの領主代行に決まったという祝賀パーティーではあるが、その実、パラデウム派から再びカルリエ家に鞍替えした傘下の貴族たちの忠誠心を計るものであった。
無論、出席をしない者は睨まれ、夜会の振る舞いによってカルリエの土地での今後の立ち位置も変わって来る。
「坊ちゃま、なんだか見舞いに行く前より顔が暗かんべ。なにがあっただ?」
「いや、なんでもないよ。それよりもジェフは私を心配するよりも屋敷周辺の警備に心を配ってくれ。パラデウム派は残らず除いたつもりだが、不心得者がいないとも限らないからな」
「ンまあ坊ちゃまがそういうんならそうするだが。モノいわぬは腹膨るるというだよ。喋りたくなったらそっとこのジェフにいってくんろ。オラのことは木石と思ってくれればいいべ」
ジェフは鈍く輝くプレートメイルのど真ん中をドンと拳で叩くと人の好さそうな笑みを浮かべた。
「ん。気を遣わせたな」
「そんじゃあ行ってくるだよ。城の外はゴライアスどんが目を光らせているで、でえじょうぶだよ」
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