第54話「尋問」

「しぶてぇアマだな。テメェが口を割らんでもあのガキの居所なんざ時間の問題だぞ」


 ジャッカルは目を血走らせたまま吐き捨てると手にした縄をしごいて音を鳴らした。


 リースは両腕を縄で拘束されたまま天井の梁にキリキリと吊るされ拷問に耐えていた。


 梁から伸びる縄の長さはリースのつま先がギリギリ床に着くか着かないかくらいだ。


 最初はなんてことのない体勢だと誰もが思うのだが、三十分も過ぎると異様なほどに身体が熱く火照ってゆく。


「ジャッカルとかいいましたか。これがパラデウム貴族の作法ですか。とても殿方がレディにすることとは思えませんね」


「いってろよネズミが。どうせどれだけ叫んでも助けなんざ来ねぇんだ。腰抜けのカルリエ貴族どもは残らずおれの考えに同心したぜ。ああ、おい?」


 碁盤のように四角い顔の男はリースの衣服の上から荒縄を適度に縮めたものを、時折振るいながらゾッとするような目つきをしていた。


 リースはすでに幾度も縄で身体のあちこちを打たれ憔悴し切っていた。


(これは……追い詰められたケモノね)


 逃げ込んだ場所がいずれ追手にバレるのはわかっていたが――。


 まさしくカイン間一髪だった。屋敷の主人であるエガールには悪いがリースは領主であるカインと妹を逃がすことができたので実質勝利であると確信していた。


 ジャッカルと名乗るパラデウムの情報将校が臆病風に吹かれたリン・グランデの弱小貴族たちを舌先三寸で丸め込んだのは敬服する。


 だがそのような小手先のやり方で、今やひとつになりつつある領内のカルリエ軍を打ち砕くことは不可能であるとリースは理解していた。


(この男はカインさまを恐れている。わずか十一にしてカルリエ全土の反乱を収めた天才的政治家の才を)


 リースはリューイ公の命を受けてカインを守るため接近したが、最初はそれが大叔父が年若い少年の身を単純にいとおしむ、いわば血の本能のようなものだけだと思い込んでいたが、実際は違った。


 この自分よりふたつ下の少年は見かけこそ小柄でお人形のようであるが、その内に秘めた思考能力や胆力は静かな聖者を思わせるような奥深さがあった。


 取り繕っているだけだと思っていた。


 実際に、リースとライエが肌を合わせる振りをすると、十一歳という年齢に相応しい動揺を見せたが、その後の行動や忍耐力は目を見張るものがあった。


 そして、自ら命からがら逃げだした場所にもう一度潜入してリューイ公本人に直談判してことを収めるなどという考えは、普通の少年には到底思いつかない。思いついたとしても自らそれに挑む勇気はまず持ちえないだろう。


「どうした。もの思いに浸っちまってよう。ここの主人は地元でも名士だ。名士ってのは面倒でな。下手に手を出すと集団でおれたちにそっぽを向く可能性がある。だからよう。おまえみたいに、なにをどうしてもどっからも文句が来ない下女風情しかかわいがってやれねぇんだよう。わかるだろ? おれには時間がねぇが小娘をいたぶってストレスを解消する小休止の時間くらいは許されているんだ」


 ――ジャッカルの思考は完全に支離滅裂している。


 リースは先ほどからなんどもリューイ公に繋がるカルリエの一族であると伝えているが一向に聞こうとしないのだ。


「わたしを早くこのおぞましい縄から解放することを要求します。さもなくば、あなたの身はそれほど遠くない未来に危うくなりますよ」


「ふぅううん。粋がるじゃねぇ!」

「あうっ」


 ジャッカルは手にした縄をリースの身体に次々と浴びせた。胸や腰や腿をぴしりぴしりと順番に打たれ、リースは眉間にシワを寄せて呻き声を上げた。


「オイオイよせよ。そんな色っぽい声を出されるとよ。こっちもその気になっちまうじゃねえかよ。おれはガキは守備範囲外なんだ。けどよう。おまえは、こう見ると大人と変わらんくらいに育ってるじゃねぇか」


 ジャッカルはリースの細い腰に指を這わせると舌なめずりをしながら、黒いロングスカートを摘まみ上げた。


「ほほうっ」

「今すぐおやめなさい。あなたは正気なのですか」


「見るくらい、いいじゃねぇか。おまえくらいの歳のガキが一丁前にこんなもんを……」


 リースはジャッカルが自分の足首を握りながら絹のストッキングをジロジロと見ている事実にゾッと悪寒が走った。


 生理的な気持ち悪さだ。やがてジャッカルのゴツゴツした節くれ立った指が太腿を這って上に移動するにつれ、とうとう我慢できなくなって悲鳴を上げた。


「ええ? おまえがリューイ公の妾だってのは有名だぜ? それともカインみてぇなガキに無理やり下げ渡されたのか?」


「わたしをこれ以上辱めるくらいならば、早くその剣で命を絶ちなさい。それとも殿方のくせに、腰のものは飾りですか?」


「いうじゃねえかよ。気に入ったぜ」


 びゅんっ、とジャッカルの握った縄が異様に唸って風を切った。ああやって自分を脅しているのだと、頭では理解しても打ちつけられる痛みが減るわけでもない。


「この縄がよ。もっとおまえのカラダを喰いたいってよ。喰わしてやってくれよ、なあ」


 リースは眼をつむるとジャッカルから顔を背けて精一杯の意思表示をした。


 だが、それはジャッカルの嗜虐心を煽るだけだった。


 身体のあちこちを打ち据える縄に対してリースはただ唇を噛み締めて耐えた。


 そうしているうちに、ジャッカルはリューイ公の屋敷からの内通者の情報によってカインが潜入したことを知り、面白半分にリースを引いていった。


 まるで家畜を屠殺場に連れて行くように。


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