第53話「決闘」
「リースとかいう小娘はまったくもって頑張った。なにせおれは拷問のプロだ。余計な傷は残さないまま苦痛を与えることに長けている。それがして、ここまで強情を張って公や小僧の居所を吐かない性根は感服したよ。もっとも、ある男のおかげというか。すべては無意味だったがな」
そういうとジャッカルはだははっ、と裏返った声で笑った。カインの耳につく、とても嫌な笑いだった。
「コイツはもいらんぞ。ほら、小僧。召使にしては忠儀を心得ているではないか」
ジャッカルに肩を押されるとリースは立って歩くのが精一杯という感じで、よろよろとふらつきながらカインにぶつかって来た。
「リ、リース!」
フィルマンが叫ぶがリースはなんら反応をせず、それを見たジャッカルはさもおかしそうに笑い声を高くする。
カインは完全に無表情のままリースを抱き止めた。傍から見ればカインのほうが頭ひとつ小さいので、まるで姉にハグされる弟のように見えるのだが、笑っているのはジャッカルひとりだけだった。ジャッカルはなにかが壊れてしまったかのように、ひぃひぃと声を引き攣らせながら身をよじる。
「すみません、カインさま。へましちゃいましたね……」
「黙ってろ。もういい」
「わたしも、泳げればよかったんですけど……ね」
「いいから」
「でも、カインさまに……抱っこされて……よかった……」
ズルズルとリースはカインにすがりながら落ちてゆく。カインは駆け寄って来たライエにリースを任せると、氷のような表情でジャッカルの前に立った。
右の手袋を抜き取るとジャッカルの目の前に勢いよく投げつけた。
「ジャッカル・ボロー。このカイン・カルリエは決闘を申し込む」
「なにを……?」
「理由は、いわずとも理解しているな。私の居所を聞くだけならば口頭の尋問で済むはずだ。彼女の名誉にかけておまえを倒さねば我がカルリエの家名が私を許さない」
「馬鹿な小僧だ。テメェはもう詰んでいるんだぜ? どうしておれがガキの茶番につき合うと思うよ?」
「逃げるのか。私が怖いのだな、ジャッカルよ」
「馬鹿が。ならここにいるリューイ公をはじめとする紳士の皆さま方に立ち会ってもらおうか。これでおまえを殺してもおれは堂々としていられるな」
「勝手からいえ。公よ、剣をお借りしたい」
リューイ公は目を血走らせながらカインに剣を渡すと、老いを感じさせぬ力でグッと腕を掴んで来た。
言葉は交わさない。
カインは部屋の中央に着くとリューイ公の長剣を引き抜き、構えた。
ジャッカルの性格は悪辣にして非道であるが、それでも幾多の戦場で実際に剣を抜き数多くの騎士を屠って来た実績があった。
「かかって来いよ小僧。本当の騎士の腕前を見せてやる……!」
本来ならばリューイ公もライエもカインの決闘を止めるべきであったが、一度貴族同士が合意してしまえば、その戦いは神に捧げられる神聖なものへと転化し、たとえ王であっても止めることは許されなかった。
リューイ公の長剣は長身である彼に合うよう打たれているので、小柄でまだ少年のカインにとっては構えているだけで持て余すシロモノだ。
だが、カインはなんら躊躇することなくジャッカルに突っ込んでいった。
まさか、本当にカインが身を捨てて突っ込んで来ると思っていなかったジャッカルに虚が生まれた。
カインはその間隙を衝くようにして長剣を勢いよく横合いから振るった。だが、さすがにジャッカルは歴戦の強者である。カインの斬撃を軽々と受け止めると弾き、体勢をあっさり立て直し攻勢に出た。
「はっ。なんだ小僧! この程度のこのおれに勝負を挑んだのか! おらおらっ、剣の稽古をつけてやるぜ!」
カインは上背も一八〇を超えるジャッカルの猛攻撃にたちまち壁際まで詰め寄られた。
勝ち目があろうがなかろうが――貴族はときとして戦わなければならない。
足首の痛みが強い。
ジャッカルの斬撃は猫がネズミを嬲るようにカインの身体のあちこちを念入りに切り裂いた。
「レディの名誉を守るんじゃなかったのかよぉお! カインさまぁ!」
激しい突きが伸びるように届いて来る。
カインは飛び退いてかわすが床に着地したとき、痛みのあまり片膝を突いてしまう。
「はあっ!」
それを見逃すジャッカルではない。
トドメとばかりに上方から刃が振り下ろされた。
カインが目を見開きながら頭に落とされる刃を直視したとき――。
「申し上げます! 城外にカイン殿の騎士が手勢を率いて攻め寄せて参りました!」
「な――?」
潮目が変わった。
心の内でカインはゴライアスとジェフに礼をいった。
カインはジャッカルの斬撃を転がりながらかわすと手にした長剣を薙いだ。
ジャッカルは跳躍してかわす。
だが、力を入れ間違えたのか長剣を強かに床に叩きつけて半ばを折ってしまう。
これを見逃すカインではない。
最後の力を振り絞って長剣を振るう。
刃が唸りを生じて勢いよくジャッカルの脇腹に吸い込まれてゆく。
切っ先はジャッカルの肋骨下を深々と切り裂くと血潮を噴出させた。
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