第45話「忍び寄る影」

「あのなリース。もうお互いに子供じゃない。これ以上は洒落にならないぞ」


「あら? わたしもライエも今年で十三ですよ。殿方とこうする意味くらいキチンと理解しています」


 年齢が年齢なのでアイリーンのように豊満ではないが、カインはシチュエーションだけで脳が激しく混乱していた。


「んんっ、ちゅっ、ちゅばっ」


 ライエの舌奉仕も依然続行中である。カインは火のように熱いリースと密着しながら漂う甘ったるいような匂いに意識がぼやけてゆく。


(これ以上はマジでヤバい。たぶん、おれ自身も。ここは術を使ってでも――)


「お静かに」


 ――カインが実力行使に出ようとした瞬間、リースが冷静な声で耳元に囁いた。


「は?」


「すでに城内のほとんどはパラデウム派によって制圧されています。このまま演技を続けてください」


「な、ちょっと待て」

「ああんっ。カインさま、そんな急に積極的な!」


 リースは演技とは思えない艶っぽい声で叫ぶと胸元でカインの顔を押し潰した。


「――とにかくこのまま、このままで。すでにカインさまのお味方の騎士は囚われました。城内ではリューイ公とパラデウム派が入り混じっており、今は公がわたしたちを使ってカインさまを篭絡していると思わせております。こうして時間を稼いでいるうちに、なにか策を講じますゆえ」


「わ、わかった」

「んふ、それでは」

「ンむっ」


 リースは一旦身体を離すと、唇に自分の人差し指を当てて淫猥な視線を向けて来た。


「ちょ、ほどほどで――」

「ああ、もうわたし、我慢できませんっ」


 再びリースはカインに襲いかかるとキスの雨を降らせて来る。


(クソ、真面目な話、今は相当にヤバい状況なのだろうが……なんか集中できん)


 ライエがカインの足元を懸命に責め立てているからである。


 幸か不幸かカインにあてがわれた部屋のベッドには天蓋がついておらず、天井を見ることができる。


 精神を集中させて眼を瞑ったまま気を練ると、天井裏の一点に違和感のようなものがあることに気づいた。


(一、二、三。数は多くない。一度で排除できるか。いや、しなければならない)


 部屋の外ならばともかく天井裏から直接覗かれるのは密談に不都合である。カインは抱きついているリースに目配せで燭台を引き寄せるよう指示した。


 さすがにリューイ公が送ったメイドだ。リースはカインの仕草に勘づくと大袈裟に声を出して注意を引きつけた。


「ああっ、カインさま、そんな情熱的な、ああっ、もう、もう――」


(今だ)


 右手を伸ばして燭台を掴むと瞬時に脳内でイメージを固定。


 槍だ。


 銀製の燭台はたちまちに穂先の鋭い槍に変化するとカインが狙った場所に飛んでゆき、ふたりの間諜を仕留めた。


「もう一丁!」


 残りのひとりに向かって錬成した槍を飛ばすが、燭台の量の問題で致命傷には至らなかった。


 呻き声と共に間諜が動く音が響いた。


「あああーっ」


 間を置かずリースが絶頂を装った声を高々と張り上げる。ほぼ同時にリースはヘッドドレスに仕込んであったナイフを取り出し、果物を運んで来た台車に潜ませた短剣を錬成してひとつの剣に再構成し天に投擲した。


「ね、カインさま。これでわたしたちが一族であると証明できましたよね」


 リースは呼吸を弾ませながら薄い胸に手をやりニッコリと微笑む。


「あ、ああ。んおっ」


 答えようとしたカインは未だ足指を懸命にねぶり続けるライエの舌遣いに悶絶した。






「と、とりあえず頭上の危機は排除したのだが。そろそろ離れてくれないか」


「あっ」


 カインが脚を引くとライエは唇からつつーっと唾を垂らし、名残惜しそうな顔をした。


「なぜ、ですか?」

「いや、なぜもなにも。リース、これ演技って話だろ」


「すみませんカインさま。妹には黙っておりましたゆえ」

「おい……」


(じゃあ、ライエはマジもんでしゃぶってただけってワケか。まあいい。深く突っ込むのはやめよう。F世界の闇だな)


「リース、とりあえずここから抜け出すのが先だな。細かい話はあとで聞かせて欲しい」


「わかりました。突然の無作法な振る舞いは妹ともどもあとでお詫びいたします」


「え、え、え? あの、あるじさまも姉さまも、続き……」


(トリップしているライエは放っておいて、今は善後策を講じねば)


 カインたちはリン・グランデのぐるりと囲まれた外壁内にあるリューイ公の屋敷に滞在していた。


「だが逃げるにしてもここは城壁内。外に出るには大叔父上の通行証が必要だろう。そもそもパラデウム派の手先が加わっているのであれば、私が通常の方法で城外に出ることは不可能だろう」


「カインさまのいう通りです。今現在もわたしたちは事後でおとなしていると思われますが、朝になっても動きがなければ公の抱き込みが失敗したと判断され、屋敷の外にいる兵たちが一挙に雪崩れ込んで来るでしょう」


「そのときは私はともかくおまえたちの命が危ういな。逃げ道はあるのか?」


「リューイ公の私室までの通路はすでに敵方に抑えられています。が、万が一のために公はカインさまのためにこのお部屋を用意なされたので」


 リースは黒いベビードール姿のまま暖炉の中に入ると、仕掛けを操作した。


 ガチャコ、と硬質な音が鳴って暖炉のすぐ横からキリキリと脱出口が開いた。


「さ、ここから逃げましょう。時間はあまりないので急がなければ」


「その前にだな、リース。ひとついいか」

「なんでしょう?」


「服、着てってくれ。それくらいの時間はあるだろ」

「ま」


 リースは指摘されて、はじめて自分がカインに尻を向けたままの四つん這いであることに気づいた様子だった。


「姉さま……」


 ライエが呆れたように呟いてからカップで口をゆすいでいる。


 その生々しさ――。


 緊急事態だというのに微妙な気持ちになるカインであった

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