第44話「リースとライエ」

「誰もいない。なぜだ」


「おそらくは主人の命によってもてなされているのではないでしょうか? カインさま、お供の騎士たちをとがめだてしないでくださいな」


「おまえたち。名はなんという?」


「あら、ようやくわたしたちに興味を向けていただけたのですね。うれしい」


 パッと花開くように双子の頬に紅が差した。カインはまともに見ると目が眩みそうになるので、あくまで自然に視線をさけた。


(落ち着け。タダのガキじゃねぇか。なんか、この城ヤバいぞ)


「そうじゃない。タダ、ふたりともそっくりだから名前くらい聞いておかないとどっちがどっちだが判別に迷う」


「よくいわれるのですよ。わたしたち姉妹はそっくりだと。わたしは姉のリース、それからこちらは妹のライエです。以後お見知りおきを」


「よろしくお願いいたします、カインさま」


 それだけいうとライエはぴゅっと姉の背に隠れた。


「わかった。リースにライエだな。それじゃあ果物を置いたら下がってよいぞ。それから私の部下たちを呼んで来てくれ。いくら大叔父上の城とはいえ、たったひとりじゃあ無用心で困る」


「あら、そう邪見にしなくてもよいではないですか。特に妹はあのカインさまがお城にお見えになられたというので、ずっとこの調子なのですよ」


「姉さまっ」


 怒ったようにライエは声を上げるがカインの視線に気づくと、どうしていいかわからないというように下を向いて耳まで真っ赤にした。


 黒髪ショートの双子は仕草や態度まで愛らしい。これが領主代行に対する見え透いたおべんちゃらであっても、男ならば悪い気はしないだろうとカインは苦笑した。


「なぜ私如きでそのようによろこぶのだ?」


「ま。ご謙遜を。カインさまの武勇は領内の女子で知らぬものはおりませぬ。颯爽とカルリエの地に現れた王都育ちの貴公子にして武勇抜群の士。あのレオポルドさまを超えるといわれる抜群の大功を上げ領内の悪党を一気に追い出したのは吟遊詩人たちの語り草になっておりますれば……」


「そうなのか?」


「なので妹のライエが憧れるのも無理はありません」


「もう姉さまったら。それくらいにしておかなければあるじさまに失礼ですよっ」


「あらぁ? なぜにライエはカインさまのことをそのように? わたしたちの主人はリューイ公ですよ?」


「あのな、姉妹喧嘩ならば大叔父上のところに戻ってやってくれ。しかし、ガッカリさせたのではないか? 本物のカインは英雄でもなんでもない。おつきの者がいなければ即座に呼び戻そうと狼狽する小者であるぞ」


「いえいえ。地位のあるカインさまのようなお方が身辺警護を気にするのはあたりまえのことであります。それは小心者ではなく念には念を入れる知恵者の証でございます」


「ああ、そうね……」


(こりゃ贔屓のし過ぎだな)


「じゃあそろそろ」


「あの、あの、果物私が剥きますから、ぜひ、ぜひっ」

 ライエが顔を真っ赤にしてナイフを手にして迫って来た。カインは一瞬だけギョッとして身を仰け反らせるが刃の小ささではよほど上手くやらねば自分を害せないだろうと知って長く息を吐き出した。


「わかった。じゃあ、そのリンゴを頼む」

「はいっ」


 むーっと小さく唸りながらライエは瞬く間にリンゴの皮を剥き終え、カットした。


「ね? カインさま。ライエはナイフの扱いが上手なのですよ」


「そうみたいだな」

「それでは、失礼いたします」

「は?」


 ライエはフォークにリンゴを刺すと椅子に座ったカインの口元まで運ぼうとしている。


 カインが硬直しているのをリースは見ると、舌をペロッと出しながらウインクして人差し指を立てた。


「ライエ。カインさまのお口に入るものはちゃんとお毒見しないとダメでしょ」


「あ、そうですね。じゃ、失礼しまして。あむ」


 ライエは手に取ったリンゴの端をかぷりと噛み千切ると、そのまま口に咥えてむーっと突き出して来る。


「いやいやいやいや。違くないか?」


「カインさま。乙女が恥ずかしいのをこらえて、それでもよろこんでもらおうと頑張っているのですよ。この義挙をお見過ごしになられる、なんてことはありませんよね」


「わかったよ。食べればいいんだろ」


(リアルJCから口移しって、こりゃF世界じゃなきゃ通報モンだな)


 根性を決めてリンゴに唇を突き出すと、カインは素早くライエに頭を抱きかかえられグイと引き寄せられた。


「んんっ」

「んむうーっ?」


「あら?」


「んっ」

「んぐむぅーっ!」


 カインはライエに身体を固定されたまま口内からリンゴを流し込まれた。身体をギュッと抱きしめられたので反射的にもがくが、意外に力が強くどうすることもできない。


 このままでは呼吸困難に陥るとカインは予見し、身体から力を抜くとすべてをあるがままに任せた。


(もうリンゴは移し終わったっていうのに!)


 なぜかライエは口づけに移行しながら情熱的にハグをやめようとしなかった。


 数分のち、ようやく気が済んだのかちゅぱっと音を立てて唇が離れる。


 ライエからカインはようやく解放されたのだ。


「おまっ、なにを考えている」


「それではカインさまもだいぶお疲れのようですから、次は姉のわたしが直接ご奉仕いたしますね」


「おい、ちょっと待った。もういいぞ。下がってよい」

「まぁまぁ、遠慮なさらずに」

「嫌な予感しかしないのだが!」


 カインが懸命に抵抗するのだがリースは悪魔的な動きでやんわりと腕を絡み取り、あっという間にベッドへ押し倒してしまう。


「ちょっと待った! 私はまだ十一だぞ! 第一おまえたちは大叔父上の寵愛を受けているのではないのか?」

「あら、なにかカインさまは勘違いしておられるのではないですか。わたしとライエは遠縁ですが歴としたカルリエの一族ですよ。血はかなり薄いですが」


「そんなのはじめて聞いた」


「リューイ公はわたしたちを行儀見習いで傍に仕えさせてくれているだけですよ。誓ってカインさまの思うような間柄でありません」


 そういうとリースは熱っぽい目で馬乗りになりながら片手で乱れた前髪を払った。その仕草と目線が獲物を狙う女豹そのものでカインは激しいゾクゾクとした震えを背筋に覚え、激しく狼狽した。


「あのな、まだ私は子供だぞ」


「でも、役には立つようになっているのでしょう? それに色の道に年齢は関係ありませんわ」


 リースはぺろと長いピンクの舌で自分の上唇を舐めた。淡い燭台の灯に照らされ、リースの表情が妖艶さを増している。


「おい、ライエ! おまえの姉を止めてくれ!」


「姉さま! あるじさまが嫌がっておいでです。無理強いはやめてくださいっ」


 後方で成り行きをジッと見つめていたライエが両手を胸元でギュッと握って、至極真っ当な意見を述べた。


「そうだ、もっといえ!」


「ライエ、わたしの次はあなたがカインさまからお情けをいただくといいわ」


「姉さま、約束ですよ」


「もっと頑張れよ! おまえたちに倫理観というものはないのか?」


「まぁまぁまぁ、すぐ気持ちよくなりますから」

「あ――あふんっ」


 カインはつつっと首筋を撫でられ妙な声を上げた。


「あら、おかわいらしいこと……」


 リースはカインのベルトを素早く外すとたちまちに下履きひとつにしてしまう。それから長い指先を伸ばしてカインの太腿をゆっくり揉み出した。


「お、お、おっ。ちょっと待った。そこっ、痛いっ」


「馬上の生活が長かったのでしょう。随分と凝っていらっしゃいますね。さ、ライエ。あなたも手伝いなさい」


「おおぃ! 本当に続けるつもりなのか? え、あれ? ひゃっ」


 カインは右脚の親指がぬるっとなにか生暖かいものに包まれて変な声を上げてしまう。


 無理やり首を起こして見ると、そこには白いベビードール姿になったライエがカインの足指を口元に含みねぶっていた。


「ん、んんっ、んぢゅっ」


 ライエはじゅぱじゅぱ音を立てて懸命に足指をしゃぶっている。カインは脳内に幾つものクエスチョンマークを浮かべながら、しっかりと反応しつつあった。


「ふふ。カインさま、ライエはおしゃぶりがとても好きなんですの。それに一日軍靴を履いて都城までのご移動さぞやお疲れでしょう。ライエもふやけるまで楽しんで――もといお清めを誠心誠意行っていますの。ふう、身体が熱い」


「ちょ、なぜ脱ぐ」


 リースはお仕着せの上着を脱ぐと、ふぅふぅと呼吸を荒くしてカインに伸しかかって来た。


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