第43話「消えた護衛」

「で、宴もナシと。カインさまには悪いがいい加減俺もトサカにキちまいましたよ」


「腐るなゴライアス。それに夕食はこちらで断ったんだ。リューイ公のお加減もあまりよろしくなさそうだったからな」


 カインたちは別室に通され主従ともども一夜を過ごすこととなった。ゴライアスは憤懣やるかたないといった様子で腕組みをしながら壁に背を預けむくれている。


 対するジェフはいつもと変わらぬ様子で椅子に座るとカインの靴を馬油で磨いていた。


「おい、ジェフ。おめぇはどうなんだよ。俺たちの主君が舐められてるんだぞ」


「ん? まあ、ゴライアスどんもちっとは落ち着くべ。それにリューイ公は坊ちゃまの大叔父に当たるお方だ。なにか深いお考えがあってのことじゃなかんべぇか」


「おまえはまた……やめた。考えるだけで腹が減る」


 ゴライアスは両肩を落とすと据えつけられたソファにデカい尻をドッカと落とした。


「そうだそうだ。腹が減ったなら食事を運ばせてやるからとっとと寝てしまえ」


「カインさま。今のは俺なりの諧謔ですよ。だいたい先ほどあれだけ食べて、すぐに腹が減るなんてありえないでしょうが」


「そんじゃ坊ちゃまのお許しも出たところだし、オラが直接炊事場に行って食いもん見繕ってくべぇか」


 それだけいうとジェフはやおら椅子から立ち上がり部屋から出て行ってしまう。


(カートゥーンみたいなやつだ)


 カインはテカテカに磨き上げられた自分の靴を拾ってため息を吐いた。


「お、おいっ。ジェフの野郎、こんなときばっかり素早いことこの上ないな」


「ゴライアス。おまえもあまり小さなことにクヨクヨするな。別にここは敵地って訳じゃない。私たちは大上段で構えていればよい」


「いやぁ、さすがカインさま。俺が見込んだだけのこたぁある。俺もカインさまをちっとは見習わなきゃな」

 ゴライアスは照れたようにガシガシと伸び切った髪を乱暴に掻いた。






 てっきりご馳走を大皿に抱えてすぐさまジェフは戻って来るかと思われたが、いつまで経っても帰ってくる様子がない。


 時刻はすでに一時間近く経過している。さすがの遅さにカインが首を捻っているとゴライアスはイライラした様子で自分の顎髭を引き抜き出した。


「――ゴライアス。面倒だがジェフの様子を少し見に行ってくれないか?」


「け、けどカインさま。それじゃあここが手薄になっちまいますぜ」


「気になるんだろうジェフのことが。ま、慣れない都城だ。もしかしたらなにか行き違いがあったのかもしれない。それに廊下には連れて来た騎士たちがキチンと護衛をしているんだから、ゴライアスが少しばかり席を外していても問題はないだろう」


「それじゃあ、少しだけお時間をいただきますよ。ったくジェフのやつ、つまみ食いでもして遅れたんならタダじゃおかねぇからな!」


 それだけいうとゴライアスはドアを威勢よく開いて廊下に飛び出していった。なにごとかと、護衛の騎士たちが部屋の中を覗き込むがカインは苦笑いしながら「大丈夫だ」というようにサインを送る。それからようやくひとりになってベッドに横になった。ベッドは急いで用意したのだろう。上等であるがどこかほんのり黴臭い。カインは代行とはいえ、領内の賊徒を討伐した一世の雄である。このもてなしは簡素過ぎるとさすがのカインも感じるのだ。


(元々大叔父は争いをさけ敵を作らず王都の政治にも余計な首を突っ込まず、父上に諌言もせずに、ただ気配を消し続けることによって己の存在を生かしてきた人物だ。妙だ。今までの行動パターンから推し量れば、おれという存在を厚遇するのが当然のはずだが)


 リューイ公は領主代行であるカインの命に逆らわないまでも、率先的に兵力を供出しなかったという負い目がある。


(今日までロクに会おうともせず、会ったとしてもあのような冷遇を意図的に行った)


「敵対したいのか? ならばあのとき無礼打ちと称しておれを公然と討ち取ることもできたはずだが……ダメだな。もう少し判断材料が必要だ」


 ゴロゴロしながらカインは善後策を練った。とりあえず、明日の会談においてリューイ公の非を鳴らし、今まで暗黙に認めていた兵権をすべて取り上げなければならない。


「そうだ。そのためにはまず、ジェフを城外に出して兵を集めさせておかねばならない」


 なんといってもこの場所リン・グランデはリューイ公が二十年近く直接的に領内の政治を見ていた場所である。


「反発は必死だろうな。にしてもゴライアスのやつもどこに行ったんだ?」


 カインはベッドから起き上がると足をプラプラさせながら唇を尖らせた。


 脳を使うとブドウ糖が欲しくなる。


「おや?」


 カチゃと扉が開く音がしてそちらに視線を転じると、先ほどリューイ公に侍っていたふたりのメイドが皿に果物を盛って立っていた。


「何者だ」


「カインさま。先ほどお目にかかりましたこの城のメイドでございます。主人に申しつけられて飲み物をお持ちしました」


「誰が入室の許可を出した。動くな」


 カインの言葉にふたりのメイドは強い恐怖感を露にした。これが年齢と同等である十一歳の見識しか持ち合わせない少年ならば、特に疑問に思うことなく彼女たちを引き入れたのだろうが、中身がオッサンのカインは老獪さが違った。


「警護の騎士はどうしたのだ」

「あの、廊下には誰もおりませんでしたが?」


 消え入りそうな声で、おそらくは双子の妹のほうがいった。


「わかった。そこから動くな。妙なことをしたらわかっているな?」


 カインはいつでも腰の剣を抜けるよう柄に手をかけながら、そっと扉に近づいてゆく。


(目視では武器のようなものは持っていなそうだな。組み合いになったら力のないおれでは不利そうだけど)


 少年にして小柄なカインよりも双子メイドたちのほうが拳ひとつ分くらい背が高かった。


 側を通り過ぎる際になんともいえない香のような匂いがふんわり漂って落ち着かない気分になる。


 姉のほうがカインと目が合うと媚びるように口元をやわらげ笑みを送って来た。


(こりゃ思春期のガキなら一発だな)


 恐ろしいまでの魅力が萌芽しかかっている。カインはそっと廊下に首を出すが、そこにはメイドがいったように騎士の姿は皆無だった。


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