第42話「双子のメイド」
「チッ。いつまでカインさまを待たせりゃ気が済むってんだ。いってェこの城のやつらはなにを考えていやがる」
「ゴライアスどん。仮にも坊ちゃまの大叔父だべ。舌打ちはよくねぇだ」
「ンなことはわかってんだよジェフ。それとな。どんをつけるのはやめてくれねぇか。どうも調子が狂っちまうんだ。おまえって一応は貴族だろ?」
「貴族つったってオラのオヤジは百姓してるとこしか見たことねぇべ。おまけにいくさであっさりおっちんじまってからは、オラも普段は野良仕事ばっかだ。急に貴族らしくしろっていわれてもなぁ。人間分相応って言葉があるくれぇだからな。気にしない気にしない。それよりもゴライアスどんも貴族だんべよ。その口の利きようじゃ人さまのことはとやかく云えねェんじゃなかんべぇか?」
「お、コノ野郎。人の痛いトコ突きやがって。カインさまもコイツになんかいってやってくださいよ」
「ゴライアスにジェフ。そろそろ大叔父上がご来場だ。行儀よくしてろよ」
カインが眼を瞑ったままいうと扉が仰々しく開いた。
「カインよ。待たせて済まなんだ」
カインの祖父で初代カルリエ領主であったレオポルドの実弟リューイ・カルリエその人である。
まだ、六十代前半だというのに、カインからすれば八十にも九十にも見える。
(若年のころからの病もあるのだろうが、なんという病みようだ)
上等の絹を使った衣服で身体を飾っているが顔に刻まれたシワや袖口から覗く手首の細さは老人のそれである。
(これは、とても政務を取れる身体ではない……)
「いえ、こちらこそいくさが長引いてごあいさつが遅れて申し訳ございません。大叔父上におきましては、本日もご機嫌麗しく――」
「ははは。カインよ。わたしとそちとの間柄だ。そう固くしなくともよい。とにかく、難しい話は明日にしよう。今宵は部屋を用意するのでゆっくりしてゆくとよい」
「いえ、できますればこうして大叔父上とお会いできたのも久方ぶり。自分は幼少故一献傾けるなどと人並みのこともできませんが、せめてもう少しなりともお話を」
「そう急くな。わたしはゆっくりといったのだ。聞こえなかったか?」
リューイ公はその奥まった瞳からカインがハッとするほどの眼光を放って来た。これには短気なゴライアスもそうでないジェフも黙っておられず全身から鬼気を放ちはじめる。
彼らは戦場帰りであり未だ血腥さが消えたとはいい難い。実践を経た騎士たちの威圧感に抗しかねたか、リューイ公はあからさまに蒼ざめて助けを乞うようにカインを見た。
(今すぐケリをつける必要もない)
「ゴライアス、ジェフ。公の午前である控えよ」
それだけカインがいうとふたりの忠実な騎士はすぐさま殺気を消して元通り人形のように立ち尽くした。
「は、ははは。カインは実に頼もしい豪傑を手元に置いているようでうらやましい。だが、悪く取らないでくれ。若年のころからそうなのだが、わたしの病はな、今日は特に酷い。根詰めて話をすることができる状況ではないのだ。わかってくれ」
「は。それでは、まつりごとのお話は日を改めましてジックリと」
カインはリューイ公が話をすぐにでも打ち切りたいという素振りを見せたので、特に逆らうことなく従った。
リューイ公の側には白を基調とした十二、三歳ほどの美しいメイドがふたりほど侍っていた。
一瞬だけカインが表情を動かしたのは、ふたりの容姿が鏡写しのようにうりふたつだったからである。
(一卵性双生児。確率は二五〇分の一だってのは聞いたことあるが)
カインが中学生のときにクラスで一卵性双生児の姉妹がいたが、確かに鏡写しのようにそっくりであった。
後方に控えていたゴライアスとジェフが激しく動揺したのがわかった。
(そうか。彼らは農村の出身だ。特にカルリエの地方において、彼女たちはあまり例のないケースなのだろうな)
これは古代のしきたりとしてよく見られた多胎妊娠における忌避感に原因がある。
なんら根拠のない迷信により、多胎妊娠は畜生腹、すなわち犬腹と呼ばれて地方によっては忌み嫌われていた。
カルリエでは最初に生まれた子だけを残して、あとからの子を間引く風習があるとカインは武芸師範であるサムスンから聞いたことがあった。
(それはともかく。この馴れ馴れしさ。大叔父上の妾代わりか)
立ち上がるのもやっとのリューイ公を両脇から支えるふたりの少女の親密さから、関係性を窺うことができた。
そして目の前の双子はカインですら息が詰まりそうになる、なんともいえない独特の色気が感じられた。
これは成熟した大人の女性にはない未成熟な少女にしかない独特なものだ。カインは不健全な気配に圧倒されながらもあえて無関心を装った。
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