第41話「リューイ公の娘」

「ったく、わかってるんじゃねぇの。最初っからカインさまをこういう場所にお通ししなさいっての! さ、カインさま。ここいらあたりにはバッチリ肉がついてやすぜ。ってジェフ、こら! テメェは食い過ぎだ。ちったあ遠慮しろよ」


「フハッ、ゴライアスどんも食ったほうがよかんべぇ。夜メシも結局手つかずだべ?」


「ははは、ゴライアス。ジェフは健啖家なんだ。食いたいだけ食わせてやれ」


「けどカインさま。家来が主人よりいいとこを食うなんて……」


「ゴライアスどん。坊ちゃまは小食なんだべ。それにこんな脂が強いもんいっぺんに食ったらお腹を壊しちまうべ」


「な――なに? そ、そうなのか?」


「いや、ゴライアス。そんなに気にしなくてもよい。私も好きに食べているよ。うむ、美味いな。中々いい鴨肉だ」


 カインは貴族の子弟として上品な作法で肉にナイフを入れ腹を満たしてゆく。


「しっかし、カインさま。あるところにはあるもんでやすねェ」


 ゴライアスが部屋の調度品を見回して呆れたようにため息を吐いた。


(リューイ公の行状に関しては悪いものは聞こえてこなかったがやはり庶民とは感覚がまるで違う。たかが貴賓室にこれほどまでの美術品を置くとはな。すべてとはいわずも、めぼしいものを幾つか処分すれば、ここいらの暴動のレベルもある低度は抑えられたはずだが……)


「ゴライアスどん、珍しく飲まねぇだな。腹のあんべぇでも悪いんか?」


「ば、ばかっ。ジェフ! なに飲んでるんだっ。ここをどこだと思ってるんだ!」


 見ればジェフは壺に入った葡萄酒をグラスにつかず直でギョクギョクと喉を鳴らして飲み干していた。


「いや、これ相当に美味いべさ。屋敷に持って帰ってじさまに飲ませてぇだ」


「ふーん、セバスは結構イケる口なんだな」

「坊ちゃま。じさまはああ見えて酒に目がねぇだよ」


「あのな、ジェフ。俺がいってるのはそういうことじゃなくてだな……」


 デカい手のひらをゴライアスがジェフに伸ばそうとしたとき、ノックもなく扉が開いた。






 若い女であった。


 二十そこそこ、もしくは十代後半であろう。白銀の甲冑を身に着けているが、スラリと伸びた脚は若いカモシカを思わせるように伸びやかであった。対照的に金色に輝く髪が腰のあたりまでに届いており、艶やかなピンクのリボンで娘らしく結んである。


 だが、女のカインを見る目つきは厳しかった。


「なによ、まだほんの子供じゃない」


 女は拍子抜けといった様子でつかつかカインに近寄って来た。同時にゴライアスとジェフがのっそり身体を起こし寄せつけぬよう立ち塞がった。


「そのお姿から高貴なご身分であろうと推察するが、できればご身分とご尊名をお伺いしく存ずる」


「フン、山賊みたいな身なりをしていうじゃない。アタシはゼナイド・フォン・カルリエ。リューイ公の娘よ。つまりはカイン、あなたとは一門ってことになるわね」


「ゼナイド? ああ、そういえば……」


(話には一応聞いたことがある。大叔父のひとり娘にとんでもないじゃじゃ馬がいるってのを。けど――)


「失礼。私は父ニコラの代行として領内を仕置きするようにいわれたカインだ。ゼナイド殿。できればリューイ公にお目通りを願いたいのでありますが」


「ハァ? アタシがここにいるでしょーが! 要件なら父に代わってアタシが聞くから! それでじゅーぶんだから!」


(かかったな)


 カインはわざとゼナイドを煽ることによって、ひとつの確信を得ていた。


「失礼ですがゼナイド殿はずいぶんとお若く見える。お年を訊ねてもよろしいか?」


「っ! これだから子供は。ふーっ、あのねカイン。マナーとしてレディに年を聞くものじゃないわよ。知りたいなら教えてあげる。今年で二十よ。これで満足」


「……いやいや、これは失敬。てっきりゼナイド殿は私と同じかそれ以下かと思われましたものですから確認の意味を込めて訊ねたのでございます」


「あ、アンタねー! アタシのことをガキ呼ばわりするわけっ?」


「いえいえ。ただ、ゼナイド殿は頑是ない幼子のようで。私は仮にもロムレス王家より正式に認められてカルリエに下った代行領主。それを知っていて、そのような礼儀も知らぬような態度ではカルリエ家だけではなくひいてはロムレス王家まで侮辱をしているようなもの。ただ、姿形と違ってまだ年若いのであるならばと、私は父譲りの寛容さを見せたまでのことです」


 どうやらゼナイドはやたらに気が短いらしく、顔を真っ赤にして今にも「ぐぬぬ」と唸りそうな様子で耐えていた。


「ぐぬぬ」

(あ、いった)


「――少し落ち着かれよ。私はゼナイド殿を決して侮辱しようと思っているわけではございません。リューイ公の病状は現在どのようで?」


「お父さまは、寝たり起きたりばかりよ。だから、いくさには出れなかったの。アタシはただお父さまが心配でたまらなくて、だから修道院を出てすぐに城に入って守りを固めさせたの」


「そういう事情があるのならば素直にいってくだされば、こちらも気を揉まずに済んだものを。そうですか、それはおつろうございましたな。心中お察し致します」


 カインはグッとゼナイドの手を握って目を真っ直ぐ見つめた。


(修道院上がりならば男との触れ合いなどほとんどないはずだ。たとえ中身がオッサンでもこの身体は絶世の美少年らしい。少しは役に立つだろう)


 このようなカインの思惑など知る由もなくゼナイドはポッと頬を赤らめると、たちまち刺々しいものを全身から消失させて、声も小さく途切れ途切れになった。


「う、うん。別に、アタシは、そんな――」


「ゼナイド殿のように可憐な淑女がそのような甲冑を着込んで指揮を自ら振るわなければならなくなったのも、すべては領主代行として私が不甲斐なかったからにあります。先ほどの無礼な言葉はお忘れください」


「ん、いいのよ。アタシもカインのこと誤解してたみたい」


(ここで再び目を見る)


 カインはゼナイドの青く澄んだ瞳をジッと覗き込んだ。彼女の顔はとても小さく、唇は整っているが非常に薄かった。その一点だけがカインの好みからは外れていたが及第点であった。


(つーか美少女の部類だよな。この世界の貴族はマスクだけで伴侶を選んでいるから美男美女ばっかになるのだろーか)


「あ、あのっ。ゴメンね。あああ、アタシ勘違いしてたみたい。兵に囲ませたのも城門を閉じて意地悪したのも全部アタシが無理いって城兵にやらせたのよ。だから、その、お父さまは悪くないっていうか、アタシもカインがこういう人ってわかってたら最初から――あーえと、なにいってんだろ。おかしいね? その、すぐお父さまを呼んで来るからここで待ってて」


 それだけいうとゼナイドは疾風のように部屋を出るとパタパタと足音を鳴らして走り去っていった。


「さーすがカインさま。やるじゃねぇですか。やっぱ英雄ってのはスケくれぇ楽に転がしちまわないと、胸を張れねぇや。ああ、あやかりてぇあやかりてぇ。なぁジェフ?」


「んだんだ。オラとこの坊ちゃまは男前な上に滅法気っ風がいい。アマっ子なんぞイチコロだべ」


「おまえたち、なんの話をしているんだ?」


「いやいや、カインさまはご謙遜を。あのゼナイドってスケはもうカインさまにメロメロですぜ?」


「あのなゴライアス……マジか?」

「マジですぜ」


(そんな。おれとしては仔犬風のショタ属性を発揮して、もうちょっとばかり関係性をよくしようと思っただけなのだが。嘘だろ?)


 自らのスペックとその絶大的な効果をイマイチ理解していないカインだった。


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