第40話「都城リン・グランデ」

「おかしい。どういうことだ?」


「へい。予め先触れの使者を送っておいたのですが。おい! どうなってやがる」


 ゴライアスが配下に怒鳴っていると、城門のほうから送っておいた使者が慌てて駆け戻って来た。


「どうした」

「はい、それが……」


「とっとといいやがれ! カインさまはお疲れなんだ。城門を開けて早くお身体を休ませにゃならんのに。もういい! 俺がゆく。どいておれ!」


「おい、ゴライアス。上手く情報が伝わっておらぬかもしれぬ。ほどほどにな」


「へい、任せておいてくださいや。ここがカインさまの領地だってことを城のポンコツどもにキッチリ教えて来ます!」


「いや、違くてだな」


 カインの言葉を聞くのもそこそこにゴライアスは馬に鞭をやると目を怒らせて駆け出した。


「ふむ」


 ゴライアスを追ってカインが歩く。


 見るところ、城門は閉まっており吊り橋も引き上げられていた。


 濠には満面と水が満ちており青い水が清くたゆたっている。


(汚れてはいない。ということは、水は最近引き入れられたばかりか)


「おい、テメェら! どうなってやがる。ここにおわすは畏れ多くもカルリエ家の嫡男にしてご領主のカインさまなるぞ! とっとと城門を開いて歓待しやがれ!」


 城が震えるかと思われるほどの大音声だ。


 だが、予想に反して城は静まり返っておりなんら反応はなかった。


「コノ野郎! 無礼にもほどがあり過ぎる。こうなったら城壁を攀じ登って青瓢箪どものそっ首を残らず叩きとしてやる」


「ちょっと待った」


 戦斧を引っ掴んで今にも馬事ごと濠に飛び下りそうなゴライアスを制止した。


「けれどカインさま!」


「なにか様子がおかしい。少し様子を見ることにしよう。なに、今日中には絶対に入城できるさ」


「はぁ、カインさまがそうおっしゃられるのなら……」


 不満をブチブチいうゴライアスを説得し、城門付近に野営の準備をさせる。


「さあ、ゴライアス。兵のみなが用意してくれた食事だ。馳走になるとしよう」


「はぁ、けど俺はカインさまにもっといいものを食べていただきたかったんですよ」


 天幕に入ってもゴライアスは大きな体躯を縮ませて肩を落としていた。


「ゴライアスどん。坊ちゃまはこう見えてもご苦労なされてるだ。食いもんで文句なんぞおっしゃられはしねぇべ」


「ジェフよう。そんなこたァ百も承知よ! けど、城のやつらのこの冷てェ仕打ちに腹が立つんだ! 賊徒どもを追ってカインさまは俺たちとこの二カ月近く野陣をともにしてきた。雨に打たれても、まだこんなお小せぇのに文句も云わず、泥まみれ汗まみれになって、ときには自ら陣頭に立って敵の矢が届く場所で指揮をなされた。だが、こいつらはどうだ! 自分たちはわずかな老兵を送っておいて、残りは知らぬ存ぜずだ! ことが終わってカインさまを讃えるっていうんなら話はまた別だが、不遜にも屋敷にすら顔も見せに来ねぇ! 俺にはそれが気に食わねぇんだ!」


 喋っているうちに自分の言葉に感情が揺さぶられたのか、ゴライアスは顔を真っ赤にして丸太のような二の腕の筋肉を怒りで膨張させた。


(まったく純朴な男だ。こういう男がおれに仕えてくれている以上、いくさにおいては心配はないな)


「だどもゴライアスどん。リューイ公にはリューイ公の都合ってもんがあるべ」


「あのなぁジェフ。俺はよう――」


 そこまでゴライアスは喋りかけて、急に黙った。カインも手にした杯をそっとテーブルの上に置き耳をそばだてる。


「カインさま、俺たちのうしろに隠れていてください」

「ああ」


 明らかに外の様子が変わったのだ。隠し切れない殺気のうずにカインは身を固くさせて息を潜ませた。


 ほどなくして天幕を破って幾つもの影が飛び込んで来る。


「ホイ、来た」


 待ち構えていたジェフが殴りつけると、影は毬のようにポーンと外へ弾き飛ばされてゆく。


「チッ、まどろっこしい。カインさま、ここを動かねぇでくだせぇ」


 そういうとゴライアスは戦斧を持って外へと駆け出す。カインもいわれるがまま中でジッとしているわけにもいかない。


「ジェフ、ゆくぞ」

「んだ、いくべさ」


 ジェフを従え天幕を飛び出すと、そこには無数の騎馬兵を前に仁王立ちになるゴライアスの姿があった。


(しまったな。ここまで大叔父上が本気で来るとは想定外だ。まさか、本当にパラデウム軍と繋がっているのか?)


 冷静に考えればカルリエ全土からほぼ支配権を失ったパラデウムに大叔父リューイ公が力を貸すのは時期が遅すぎるのだ。


(返り忠を行うのであらば、カルリエ屋敷が暴徒たちに襲われたときでなくてはおかしい。今や領地のほとんどはカルリエ家の下にほぼ回復された。ならば、詰問の使者を恐れたのか?)


「ザッと見て数は百人程度か。このゴライアスさまも舐められたもんだぜ」


 カインが連れて来た兵は十名ほどである。ゴライアスとジェフが一騎当千の騎士とはいえ、包囲された状態で逆転するには少々難しい。


「待った。ゴライアス、ジェフ。少し下がれ」

「坊ちゃま! 危険だべ!」


「いいから任せろ。さて、君たちは城の兵だな。私は王都の父上からカルリエの全権を委託されて統治に参った領主代行のカインだ。私は大叔父のリューイ公に正規の手続きを経て面会に参ったのだが、弓矢のなされようはどういうことか? 場合によってはパラデウムに与していると思われても致し方ないぞ」


 カインがかがり火に照らされながら平然に述べると、兵を率いていた騎士は気圧されたように「うっ」と声を詰まらせた。


「テメェら! リューイ公はカインさまの大叔父かもしれんが、カインさまは事実上カルリエ家のご当主だぞ! 下馬せず、名乗りもせずがリン・グランデ騎士の作法かよ!」


 眼を怒らせてこれでもかとゴライアスが大音声で叫ぶと、騎士は慌てて馬を下りて地面に片膝を突き礼を行った。


「これは失礼仕りました。私はリューイ公に仕える騎士、アンテロ・ファルコーネと申します。主命によりお迎えに参った。カインさま、私どもと同道願います」


「わかった。ならば早く兵を引かせよ」

「は」

「ケッ、だったら最初っから大仰な真似しなさんなっての」


 ゴライアスは腰に手を当てたまま、ブツブツと愚痴っている。


 まもなく包囲は解かれ、アンテロは前言を翻すことなくカインを都城の貴賓室に案内した。


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