第39話「疑念」

「ホラ、もういいから。茶は飲んだぞ。それとセバスを呼んでくれ。仕事の話をする」


 アイリーンとジャスティンは静かに退出の礼を行うと、一瞬だけ睨み合って部屋を出ると廊下を逆方向に出て行った。


「まったくしょうのないやつらだ」

「お呼びでございますか、坊ちゃま」


 ほとんど間を置かずセバスチャンがいつも通り隙の無い着こなしで現れる。


「うむ。実はだな。少しおまえに相談したいことがあって呼んだのだ」


「私ごときでお役に立つのであらばなんなりとお申しつけください」


「いや、な。昔日、セバスが手配してくれた騎士たちは大いに私にとって力となった。さすがは祖父の代から仕える忠儀の士だ。そのおまえの力をもう一度借りたいのだ」


「人材、ということでしょうか」


「そうだ。カルリエの反乱は一部を除いてほとんどが収まった今、軍備はそれほど躍起になって増強する必要はない。将来を見据えれば有能な士官や軍人は多ければ多いほどよいがよいが、今、もっとも私に必要なのは有能な政治家だ」


「確かにここには坊ちゃまの補佐を務めるに足る士が見当たりませぬ」


「昨日、セバスに頼んだときは断られてしまったがな」


「お戯れを。私は屋敷の家政を見るが分相応の男。坊ちゃまと天下国家を語るに足る人間ではございませぬ」


「ならば、ほかを探す必要がある。セバスチャン、誰か在野で心当たりはないか?」


「皆無、とは申しませんがカルリエの地にかかわることゆえ、一両日時間をくださいませ。必ず坊ちゃまの意に沿う人物を推挙できると思います」


「そうか。じゃあ頼んだぞ。さて」


「坊ちゃま。本日は政務を休んで静養なさるご予定ではございませんか?」


「そう思ったんだが、屋敷は屋敷で構う者が多くてな。少し、気がかりなことがあってできうることならば先に片づけておきたい」


「リューイ公のことでございますかな」


「そうだ。その大叔父のことだ。信じたくはないが、これだけ日数を置いてまったく書簡に対する返事がなければ対外的にも放っておけない」


「確かにリューイ公はまったく援軍を出さずに都城から一歩も出ておりません」


「それだけで背信がどうのと私自身はまったく思わぬが、身代がこうも増えるとなりふり構っていられない。元より屋敷の家計は火の車。その上、此度に手柄を立てた騎士や郎党たちに褒美を配るためには、大叔父上に協力を仰がねばならない」


「左様で」

「……なんだ、その顔は」


「いえ、ただ」

「なんだ」


「私はあまり女のことに関しては詳しいとはいえぬので坊ちゃまの力にはなれず、口惜しい限りで」


「別にメイドたちが煩わしくて屋敷から逃げるわけじゃないからな!」


「わかっております。そのことは爺よりも女たちに直接いわねば得心せぬでしょうな」


「だから仕事に逃げてるわけじゃないって!」


 カインは執務室を出ると一直線に馬の繋いである厩舎に向かった。


(とっとと頭を切り替えないとな。それにリューイ公がおれの大叔父であるからといって、このまま沈黙を続けるのならば放置はできない。口さがない騎士連中たちは、リューイ公がまったくもって賊の討伐に動かなかったことで敵と通じていると勘繰るやつも出ているほどだ。援兵に寄越した兵の質も、ハッキリいって除隊間近の老兵ばかりだった。もっともおれだって心情的にはあまりリューイ公をかばう気にはなれない。あのとき、公が都城の兵を千、いや五百でも出してくれたらどれほど助かったことか……!)


「カインさま、とうとう城攻めですか」


 厩舎に赴くと、すでにセバスチャンから話を聞いたであろうゴライアスが自慢の一党を勢ぞろいさせて馬を用意していた。


「ゴライアスか。そうじゃない。ただ、使者を送ってもロクに返事が来ないなら直接赴いて理由を聞かねば仕方なかろう」


「そうですかねぇ。ここはバチッと一発決めて、いっそ城に移ったほうがカインさまの貫禄が増すってもんですよ」


 ゴライアスはカインが元は祖父の隠居所であるカルリエ屋敷よりも大叔父であるリューイ公が居住する都城に移り住むことを望んでいた。


「ゴライアスどん。坊ちゃまはお城なんぞよりも、ここが気に入ってるだ。あすこはおまえさんが思っているよりもずっと息が詰まるところだべ」


 馬を引いて来たジェフがそういうとゴライアスは大袈裟に顔を顰めた。


「ジェフよう。カインさまに仕える騎士がンなこといってどうすんだ。第一、気に入らねぇじゃねぇか。いくら高齢でいらっしゃるとはいえ、我らが主君をないがしろにするだなんてよう」


「んだども」


「ふたりともそのくらにしておけ。どっちにしろ、直接会って話を聞けばすぐわかることだ。それと、おまえたちの本当の主は父上だぞ。私は単なる代行に過ぎぬ」


 カインがそういうとふたりはキョトンとした顔で固まった。


(こいつら完全に忘れてたな)


「とにかくだ。とっとと出発するぞ。それとゴライアス、兵はこれほどいらぬ。護衛程度で構わない」


「わっかりやした。カインさまの御身はこのゴライアが命懸けでお守り致しやす。ゴウライ! おめぇは俺がいない間、お屋敷を守れ。犬の子一匹入れんじゃねぇぞ!」


「わかりました、兄者」


 弟のゴウライが静かに答えるとゴライアスは満足したように鼻息荒くカインを抱きかかえると騎乗した。


「おいゴライアス。私は馬くらい乗れるぞ」


「いえ、このほうが安全なので。さあ、テメェら! 気合入れていくぞ! 我らがご領主がお城を取り戻しに参る!」


「だーから、いくさじゃないっての」

「んじゃ、オラもいくべか」


 カインはゴライアスに抱っこされながらリューイ公が治める都城へと向かった。


 ここには二千の兵が籠められており、領内の平定戦が終わった今でも糧食と兵器は未だ十分な備蓄があった。


「形としては詰問であるがやんわりと行かねば、な」


 直接カインが赴けば腰の重い大叔父でも無視することは不可能であろう。だが、都城はカインたちが到着してもなお、貝のように固く口を閉ざしたまま静まり返っていた。


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