第36話「反乱鎮圧」
反乱は続けば続くほどカルリエを疲弊させることに繋がる。
カインは領主代行として速やかにこれらを鎮圧することを義務付けられていた。
ほとんど形式的な撤退通告を無視したパラデウム軍とカルリエ軍は激突した。
「燎原の火を消さねば改革をはじめることもできない」
なだらかな丘陵地帯に挟まれた草原でカルリエ軍一万三千とパラデウム軍二万は真っ向からぶつかった。
平地戦で勝敗を決めるのは数である。
しかしカインの危惧をよそにゴライアス率いる歩兵は異常なほど善戦した。
彼らには故郷を取り戻すという執念がありパラデウム軍にはない。
それが明確に士気の差となってあらわれたのだ。
ジェフを頭とする騎兵はカインの幕僚である老騎士たちが的確に運用しよく戦ったが、さすがにパラデウム軍は今まで戦った農民兵や傭兵とは強さのレベルが違う。
黎明から夕刻まで昼食を挟んで三度ほどぶつかったが、互いに決定的な打撃を与えられないまま、その日は互いに軍を引いた。
「マズいな。思った以上に手こずっている」
「あの、若さま。ヤバいんすか。あっしら負けちゃうんですかい?」
指揮所でカインはゼン相手に愚痴っていた。
自軍の士気はこれ以上にないくらい上がっているが、ここでチマチマ戦っていればなし崩し的にパラデウム軍に奪われている地域が本格的にカルリエを見限らないといえないのだ。
「負ける。そうならないように手は打っておいたが……間に合うかな」
カインはまずゴライアスの弟であるゴウライに命じてパラデウム軍が駐屯する各村々に斥候を送り込み、夜陰に乗じて軍需物資に火を放たせ地道に支援能力を破壊した。
さらには農兵からかなりの数を割き、パラデウム領とカルリエ領を繋ぐ連絡路を遮断した。
「退路を断った」という偽報を捕えたパラデウム兵に信じ込ませ捕虜を解放することによって疑心暗鬼を生じさせたのだった。
だが、相当な軍費を投じてカルリエ領の実質的な奪取を狙っていたパラデウム伯爵もそう簡単には引かない。
「パラデウムの阿呆め。トコトンこっちとやり合うつもりか」
倍の四万に増強したパラデウム軍とカインたちは再度会戦に至った。
カルリエ軍に倍する大兵に策はいらぬと誤解したパラデウム伯爵の動きはカインからすれば魯鈍に映った。
「ここだ。今こそが勝機を掴む時だ」
隙を見逃さないカインはジェフの奮戦もあってはるかに数に勝るパラデウム軍を敏捷な動きで翻弄し、ついには一軍の大将を討って決定的に瓦解させた。
事実これほどまでにカインの軍がパラデウム軍を破ったのは士気の差もあったが、冷静に考えれば武器の性能が段違いだったのだ。
カインが錬成した武具は鋭く、練度の高いパラデウム軍はカルリエ軍に比べると装備は一段も二段も格下であった。
「やりましたね若さま。お味方の大勝利だ!」
騒ぐゼンや将兵たちをよそにカインは酷く冷静だった。大軍を打ち破ったといえど、健全なパラデウム軍は本国に十万を超える兵がある。
「それらを投入させないこと。ここで手打ちだ」
カインはあらかじめに王都にいる大魔道士マリンにカルリエ家の窮状を訴え和睦の使者を送ってもらい、ギリギリの線で停戦に至らせたのだった。
――今回ばかりはダメかと思ったな。
ひとり野営のテントの中で粗末な寝台に身を横たえカインは長く息を吐き出した。
「ダメじゃないよ、ダメじゃないよと君を励ます可憐な女神はだぁれ? お呼びとあらば美女神オプレアあなたのそばに即参上!」
「はぁ……」
「なにを――ッ!」
「オプレアか。考えてみれば久々のような」
「いつもオプちゃんはカインくんのおそばにいます」
お目付け役の地母神オプレアはなにが楽しいのか、背中の羽をひらひらさせてカインの顔の周りを飛んでいる。
「わかったよ。とりあえず今の領地のステータスを見せてくれよ」
「おまかせーっ」
ロムレス王国 カルリエ領
領主 ニコラ・カルリエ
人口 810000
金銭-5043032700→-4043032700
民忠 65→84
名声 68→82
治安 29→74
治水 29→25
農業 29→18
商業 09→05
工業 07→12
「おお、やったな。予想通り借金が大幅に減っている」
「ちょ、なんでよ!」
「オプレアは知ってるはずだろ」
「いや、知らないけど。今回ちょっと人死にが多くて魂を処理するのでいっぱいっぱいでさ。てか、なに! いきなり借金が十億ポンドル近くも減ってるんですけどっ!」
「ああ、その件ね。実はさ、西部地区でパラデウム軍の尻馬に乗っかってた豪商を軒並み追放刑にしただけなんだよね」
「え、サラッといっちゃったけど、極悪過ぎじゃない?」
「まあいいじゃん。こういう戦時ってあることないこと理由付けて暴利を貪る豪商ぶっ殺して金巻き上げるの独裁者の特権みたないものだし」
「えげつなー。カインくん、いつの間にそんな大悪党に育っちゃったの。そんな悪い子にはお姉さんお仕置きしてあげたくなっちゃうわ」
「まあまあ、おまえの問題発言はこの際聞かなかったことにしてやるよ。実際、豪商の幾つかは敵に寝返っていた確証もないわけじゃない。すべてシロといいうわけじゃなかったからな。つーわけで、おれはドサクサで借りてた金を半ば踏み倒しに成功したわけだ。ま、二回は使えない荒業だけど、これでグッと返済は楽になった。やつら豪商も全財産は没収しなかっただけありがたいと思ってもらわなきゃな」
「確かにまともなやり方じゃ借金はチャラになんないけどねー。こりゃグレーゾーンだわ。ほぼブラックのグレーだわ」
「それじゃ恒例の説明を頼む。上から順にな。手早くな」
「もーう、また上から目線。カインくんそれじゃモラハラよ。でも、オプレアは粗暴な中にきらりとやさしさが光る夫を見捨てられないのであった。くすん」
「あくしろよ」
「はいはい、そんじゃーね。人口は微減ね。これは戦争ひと月近くやってたから仕方ないね。王国自体どこも景気悪いから流民は常にあっちゃこっちゃから入ってるわね。民忠も名声も右肩上がり。事実上領土をほぼほぼ完全掌握したからこのくらいは想定の範囲内。治安も流賊や暴徒が沈静化したからかなりいー感じ。ほかの数値は、ま、これからの努力次第って感じかな」
「工業度が微妙に上がっているのはなんだろうか」
「うーん、それはいくさがはじまったから各地で需要が生まれたせいだよ。一時的なもので、いくさが終わったから次回くらいにはぎゅーんと減ってると思う」
「そうか。難儀だな」
「難儀なんだよー」
ぽわん、と謎の煙を残してオプレアは消えた。カインは再び無人となった天幕の中でホッとため息を吐きうなだれた。
領内全土に至る暴徒と隣国介入による敵対軍事勢力の鎮圧――。
「マジで疲れたな」
今回敵勢を追い払えたのは奇跡的な壮挙だ。カイン自身はセバスチャンのつけてくれた古強者の幕僚のいう通りに命令書を発行しただけに過ぎない。
ドサクサ紛れに敵勢に繋がっていたと疑いのある豪商をこれ幸いとばかりに追放し、十億ポンドルほど帳消しにした。
カインは実際商人たちと顔を合わせたわけではないが、担当の役人から聞いた話では商人たちがカインを死ぬほど恨んでいることは相違ない。
「キツイな」
借りるだけ借りて踏み倒した。この罪はカインの鮮やかな勝利で糊塗されてしまい世上の噂に上ることはないだろう。
「失礼します」
ふと気づくと当番兵らしき声が天幕の向こうから聞こえて来た。
「入れ」
許可を出すと陣幕がめくられて兜を深く被った小柄な兵が盆に茶を捧げ持ち静々と入って来た。
「ありがとう、茶はそこに置いてくれ」
「熱い内にお召し上がりくださいませ」
視線が気になってカインは卓の上のカップを手に取った。それからふと思い出したように兵士に訊ねた。
「……妙だな。私は茶に砂糖を入れるよう伝えておいたはずだが」
「カインさま。それならばご安心を。今日は寒さが殊更厳しいゆえたっぷりと――」
いい終わる前にカインはカップを兵士に投げつけ距離を取った。
「私は無糖派なんだよ。おまえは誰だ。それよりもゼンはどうした! ゼン――ッ!」
カインが叫ぶよりも早く兵士は剣を引き抜くと猛然と打ちかかって来た。カインは卓をひっくり返しながら必死の形相でどうやってこの凶刃から逃れるかを考えた。
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