第33話「経世済民」

交渉が終わったのち、カインはゴライアスたち農民にたっぷりと食事をとらせ、屋敷の庭を開放し臨時の幕営地を定めたっぷりを休ませた。


 セバスチャンに命じて周囲の村々からありったけの毛布をかき集めさせ、火を熾して暖を取らせた。


「長きに渡る旅疲れたであろう。みな、ゆっくりと休むがよい」


 カインは疲労が残る身体で万余を超える農民たちを慰労して歩いた。カインの上等な衣服女神と見紛うばかりのメイドの姿に農民たちは今の今まで荒れ狂っていたことが嘘のように恐れ入って感謝の念を大袈裟なくらいに表していた。


 一夜明けて状況は一変していた。集団から立ち昇る鬼気のようなものが去っていたのだ。狂気に満ちた暴走はカインが供給した粥と肉によって、昨日のことが嘘のように鎮まっていた。


 ――喰わせるものが英雄だ。


(古代中国において英雄とは餓えた民を喰わせる者だといったが、ここまで顕著だと自分でも俄かには信じがたいな)


 元々彼ら農民が暴発して一揆を起こしたのも、食えなくなってやむにやまれずやったことであり、それは根源に為政者への劣等感と恐れにあるとカインは推察した。


(だから、まず一喝して相手の気勢を削ぐ。それからおもむろに手を差し出してやれば彼らは赤子のようにすがってくる。元々抑圧された者たちが破れかぶれで暴発しただけだ。第一、おれたちを倒したとしてもそれは一時のことだ。それ以降どうしていいかなど、冷静になってしまえば誰にもわからないから。だから自分たちの未来に怯えたんだ)


 圧倒的なカリスマで万余を超える農民を率いて攻め寄せて来た頭目のゴライアスでさえ、仮にカインを討ったとしても、そのあとどのように領地を経営していくかなどという大局的な考えは微塵もなかっただろう。それは、今や飼いならされた犬のように唯々諾々と従っているさまを見れば、すぐにわかることである。彼の存在はカインからしてみれば所詮は声の大きい土豪に過ぎなかった。






「坊ちゃま、少しよろしいでしょうか」


 夜半――。


 カインは自室でようやく身体を休めようと軽くの伸びをしたとき執事であるセバスチャンの訪問を受けた。


「構わない。おまえには私からも少し話しておきたいことがある」


 カインは椅子に腰を下ろすと

「かけよ」

 と勧めたがセバスチャンは固辞したまま、珍しく言葉を選んでいる様子であった。


「どうした、おまえらしくもない。遠慮するような間柄でもないだろう。ああ、それとも金の無心か? けど、カルリエが火の車だというのはおまえが一番よく知っているだろう。期待してもらって悪いが、私は小遣い程度しか融通できないぞ」


 似合わない軽口を叩くがセバスチャンはなおも黙っている。カインはふーッとため息を吐くと、小さな手でぽりぽりと頬を掻いた。


「気づいていたよ。屋敷に来たときからおまえが私からわざと距離を取っていたことは」


「お気づきでしたか」


「そりゃあ気づくさ。おまえは感情を表に出さないようにしているが、そいつは失敗だったな。私は実はな。秘伝の錬金術によって人の心が読めるのだ」


「――!」

「嘘だよ」


 けらけらとカインは笑う。だが、その笑いは日ごろの口ぶりや態度とは違った歳相応のものでセバスチャンの頬もわずかであるがようやくゆるんだ。


「けど、案外とセバスは素直な性格みたいだな。その調子でお爺さまに仕えるのは難儀しただろう」


「お戯れを」


「わかっているさ、おまえの心は。セバスは協力しないことで私にとっとと白旗を上げさせ、この危険な地域から遠ざけたかったのだろう」


「それは――」


「セバスチャン。確かに私は若輩者だが貴族なのだ。父は床に伏し、大叔父も病弱だ。怖がって都城から援兵も寄越さなかったくらいだからな。頼りになりそうな兄も姉も音信不通ならば、私が領民を見捨てて逃げ出すわけにはいかない。王都からカルリエに来てすぐにはそう思えなかったが、今は違う。必ず膨大な借金を返す。返さなくてはならない。なぜならば、金こそが人間の人生を決めるからだ」


「坊ちゃま……」


「経世済民――世を經さめ、民を濟くふ。経済をまっとうにして初めて統治は行われる。世間の貴族は金を穢いものと嫌う者がいるが、それは聖人を装っているのか真正の愚か者だ。事実、金は使いようによっては神にも悪魔にもなる。この、わずかばかりの金貨のために人はたったひとつしかない貴い命を懸けて戦う。なぜかわかるか? それは、ここに人生の真実が宿っているからだ」


 カインは手にしたコインを指先で弾き宙を舞わせ、人差し指と親指でキャッチした。


「コイツを自涜のために使うか人のために使うか。黙っていても私たちには領民から吸い上げたコレが溜まるが、為政者として私たちはこれを生かさねばならない。金は鏡と同じだ。映る自分へと常に問いかけ続けなければならない。領地を今まで以上に復興させたのち、それから私は自分の幸福について考えるべきだと思い至った。それまでの道を、セバスチャン、君に助けてもらいたい」


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