第32話「錬金術の奇跡」

「さあ、それではひとつ私から餞別を授けよう」


 そういうとカインは今や従順な兵となった村人たちから武器を地面に並べさせた。


 剣や槍の数はそろっていたが、どれこれも二級品三級品がいいところだ。


 文字通りの鉄屑の山を前にしてカインは神聖さすら感じさせる動きで歩み寄る。


「おまえたちの武器の数は多いが、どれもが古く錆びていてこれからの戦いには不向き」


両手を胸の前で打ち合わせるとパンッと軽やかな音が天に響いた。


 無数の武器それ自体が意志を持った生物のようにグネグネと発光しながら蠢き、あたりはシューシューと鉄と鉄とが混じり合う音が響いた。


 激しい稲光がパッと一面に広がったと思うと、屑鉄同然だった武器たちに新しい命が吹き込まれる。

 カインは全身全霊を込めて武器を錬成した。


 元より勝算はあった。


 大地の含む鉄分を掘り起こしてゼロから武器を作成するよりも、すでに存在する鉄を再構成させて新品を作り出すことのほうがずっと難易度は低いのだ。


(これなら、失敗のしようがない)


 カインはこのとき自分がどれほどの奇跡に手を染めているか気づいていなかった。


 いくら原料があるとはいえ、数百トンを超える鉄を錬成するなどとは歴史を紐解いてもどこにも見つからぬ奇跡であった。


 ――だが、それをやり遂げた。


 この交渉にカインは文字通りの命を懸けていた。


屋敷には数十人の騎士しかおらず、逃げても都城に入ることは不可能だった。


 自らの危機に迫る恐怖と死を乗り越えたことでカインは己に秘められていた錬金術士としての限界を突破した。


 光が一同の前から消え去ったとき、そこには鈍色に輝く、剣をはじめとする武器や、身体を守るための甲冑が整然と並んでいた。


 すべての気力を使い果たしたカインは全身水を被ったように汗で塗れていた。


 金色の髪が額に張りつき、いつもならば赤い頬が死人のような青さに変貌している。


 これらは術の行使がどれほど過酷であったかを物語っていた。


 人々はその場に跪きカインに対し尊崇の念すら抱きはじめていた。


 このときが、荒れ果てたカルリエが再生の道を踏み出した第一歩であった。






 懐剣を手にして庭に出たアイリーンはすでに死を覚悟していた。


 思えば領主の代行として今日まで懸命に務めてきた主人は未だ十一歳なのである。


 六つも下の少年が供も連れず己の命を顧みず暴徒の群れに立ち向かっているのだ。


 どれほど恐ろしいだろうか。

逃げ出したくてたまらないはずである少年を貴族という立場が縛っている。


それでもカインはひとことも泣きごとをいわず決然と表に出て行った。


真の貴族とは。


 きっと彼のことだろうとアイリーンは確信していた。


 ――カインさま、必ずご最期を見届けひとりではゆかせません。


 木陰に隠れながら息を殺していると、そっと肩を叩かれ反射的に振り向いた。


「どうしたアイリーン。そんな恐ろしい顔をでは主さまに愛想を尽かされてしまう」


「スカーレット……」


 そこにはスカーレットをはじめとしたいつもの面々が、まるでいつも通りの午後のお茶会に集まったが如く佇んでいた。


「気持ちは同じですわ。わたくしたちの主人が命を賭してことに当たっているというのに、お屋敷の中で震えて縮こまっていられませんもの」


 ガートルードは目尻に涙を湛えたまま、そういった。


「そ、そ。せめて最後くらいはさ。スッキリお空を眺めながらいきたいジャン」


 お調子者のリンダもすでに終わりを察したのか涙を隠そうとせず、どこか晴れ晴れとした顔でウインクをする。


 血に餓えた暴徒たちがカインを手にかければ先ほどセバスチャンがいった通り、みながケダモノに蹂躙されることはもはや疑いようのない事実なのだ。


「ね、ね。ぐいって一気にいけるかな。私、苦いの飲めないの。私が先に飲むから、ダメなときはこれで、ね」


 フランシスは自決用の毒瓶を手のひらで弄びながらジェマに語りかけている。


「だいじょうぶだよ。お鼻摘んで飲めば、ね。そうだよね、アイリーン」


「心配しないで。わたしはみんなを見届けてからいくから」


 わざと冗談ぽくアイリーンがおどけると一同からさざなみのような笑い声が立った。


 最初は暴徒たちに気づかれないよう声を絞っていたが、武器をぶつけて常に怒鳴っている彼らの近くではそんな心遣いは無用であった。


 カインが座った椅子の前に凶暴な気を放つ大男が大股でのっしのっしと近づき、談判が始まったようだった。


 アイリーンはカインとはじめて出会ったときのことを手のひらに乗せた刃の冷たい感触を味わいながらゆっくりと反芻していた。


 自分よりもずっと小さいくせに大人ぶる不思議な少年――。


 はじめて同衾したときのあったかな身体の熱――。


 大人を前にして一歩も引かず整然と論理立てて弁じる爽快さ――。


 そのすべてに魅かれている自分が確かにあったのだ。


(わずかな間でもおそばにいられて、わたしはしあわせでしたよ、カインさま)


 そしてアイリーンは永遠のように続く短い時間を経て奇跡を目の当たりにした。










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