第28話「お決まりのやつ」

「ふーう、とりあえずこれでひとつカタがついた、と」


 執務室でカインは机に座ったまま長く息を吐き出した。


 しばらく黙ったまま両腕を頭の後ろで組んで天井を見つめる。


 妙にズッシリと重たい疲労が肩にのしかかって来る。


「……おかしいな。なんでこんなに忙しいんだ?」


 思えば貴族に生まれ変わったところで自分の運は尽きていたのかもしれない。王都での平穏な日々は、常に破綻と背中合わせだったのだ。


(こんな調子で本当に借金を返済し領地を復興できるのだろうか)


 道は果てしなく遠いとカインは思った。


「そういえば、この部屋にひとりでいるとお決まりのやつが」


「はいはーい、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。あなたの恋人オプレアちゃんよー。さびしくなったら秒で登場!」


「はいはいはい。このパターンね。んじゃ、いつものやつお願い」


「つれないなー。カインくんは釣った魚にエサをあげないタイプかな?」


「釣ってないし」


 オプレアはひらひら蝶のように優雅に舞うとカルリエのステータスを表示した。


ロムレス王国 カルリエ領 

 領主 ニコラ・カルリエ

 人口 820000

 金銭-5000000000

→ -5000000000

 民忠 56→65

 名声 47→68

 治安 37→29

 治水 29→29

 農業 29→29

 商業 09→09

 工業 07→07


「民忠と名声がかなり上がっているような……」


「見てたよーカインくんの名裁き。さっきの今だからこのくらいの上がり幅だけど、日が経つにつれて名声の数値はずっと高くなると思うよ! やったね!」


「にしては治安が低くなっているのが気になるな」


「実はねー。西のほうで野盗が大暴れしているんだよ。年が改まってから特に酷いみたい。カインくんが年末に結構な量の食糧支援を成功させたけど、まだまだ末端にはいきわたっていないし、ここ数か月が勝負かなー」


「借金もほぼ変わりがないような」


「端数切捨てだからね。当然、細かい部分はカインくんだって把握してるんでしょ」


「まぁ、そうなんだけどさ。オプレア。領地ステータス、金銭の表示だけもっと細かく出すことはできないのか?」


「部分表示ね。とうっぜんできるよー。じゃあ、はいっ」


ロムレス王国 カルリエ領 

 領主 ニコラ・カルリエ

 金銭-5043032700


「うーん、とりあえずこの数字を見てるだけで頭が痛くなってくるな」


「でしょ。だからさ、ステータスの表示は数値が大幅に変わったときだけとか、月の変わり目とかだけにしておいたほうがいいと思うのさー」


「まあ、そうだな。じゃ」

「……?」


 カインがポンポンと手のひらを鳴らすとオプレアは不思議そうに顔を覗き込んで来る。


「え、え、え。なになに、なに? どうしたの?」

「いや、帰っていいから」


「えええっ、そう意味だったのー! ヒドクない? アタシそれだけの存在なの? ご用が済んだらポイなの? ポイ捨て女なの? カインくんにとってアタシはティッシュみたいな存在なの? 使い捨てなの?」


「わ、わるかったよ。別にそういう意味じゃなくて」

「そういう意味じゃなくて?」


「ただおまえにステータス表示以外に存在価値があるかなって思っただけで、特に悪気はないんだ」


「余計ヒドクない?」

「許してくれ」


「許せないよおおおおっ。もおおおっ!」

「あ、コラ。耳元でブンブン飛び回るな」

「アタシはコバエか!」


 このおおっ、とオプレアは目を三角にしてカインの頭上をブンブン飛び回っている。ときどき「これがアタシなりの復讐だっ」と叫んでいた。


「いや、本当にすまなかった。なんでもするからおとなしくしてくれよー」


「なんでも?」


 ピタッとオプレアの動きが止まった。


「いや、なんでもっていっても限りはあるが。金はまったくないからおれにできることならって縛りで」


「うーん、そっか。そうだなぁー」


 両腕を胸の前で組んでオプレアは難しい顔をしながらぐるぐると弧を描くようにカインの前を飛び回る。


 こうして近くで見ると、地母神を名乗るだけあってオプレアの顔立ちは美少女といっていいくらいに整っている。


「ほ、本当になんでもいいのね」 

「う、うん」

「ホントのホントに? あとで訴えたりしない?」


「しないから」

「怒っちゃやだよ」


 オプレアはカインの鼻先でホバリングしたまま上目遣いをしてきた。


 これには屋敷内で美人を見慣れているカインもドキッとした。


「じゃあ、目をつぶって」

「はぁ?」

「いいからっ」


「わ、わーかったって」

「ちゅ」


 オプレアが頬に軽くキスした瞬間カインは目を開けた。


「あ、あ、あーっ。目、つぶってっていったのにぃー! はじゅかちいいいいっ!」


 オプレアはそう叫ぶと螺旋状にぐるぐる回転しながら飛行し、天井あたりで淡く発光しながら姿を消した。


「なんだんだったんだ……」


 キスくらいで大騒ぎすることもないカインであったが、さすがに不意打ちは若干ドギマギするものがあった。


 深く椅子に身体を沈み込ませると、扉の向こうからトントンと軽いノックの音がした。


「あ、あのカインさま。今、よろしいでしょうか」

「アイリーンか。いいよ。お入り」


 ――見慣れたメイドの顔でも見てクールダウンしよう。


 そう思って入室を許可するとアイリーンに続いてゾロゾロとメイドが姿を見せた。


「カインさま、もしお時間に余裕がございましたら私の同僚を紹介したいのですが」


 本来であるならばアイリーンは用件を先に伝えたのち入室しなければならなかったのであるが、今回は意図的にそれは省かれていた。


 一種の狎れである。


 思えばカインは恣意的にアイリーンひとりを重用していた。事実、あたりまえのようにメイドのひとりが領主代行であるカインに侍れば周囲もそのような目になるし、アイリーンも無意識の内に己の立ち位置をほかの者よりも一段高く置くのは当然であった。


これが正規にメイドとしての教育を受けていれば違ったのだろうが、あくまで彼女たちは祖父レオポルドが残していった愛人候補に過ぎずカインもこの行動を特に咎める必要性を覚えなかった。


(なにかをねだって来ないだけカワイイものだ。けど、これ以上ズケズケやりたい放題するようだったら、そのときに釘を刺しておけば充分だ)


「カインさま、お疲れのところ失礼します」

「いや、大丈夫だ」


(ホントはちょっとだるいけどアイリーンの甘々ボイスを聞くと必要以上にやさしい口調になってしまうおれがいる……)


「その前に。メイドのみんなも今日は大儀であった。正味なところ、祖父レオポルドが領地を見ていたころと比べればカルリエの懐事情は厳しいといわざるを得ない。だが、父も代行である私も誠心誠意を尽くして領民のために尽くすので至らないところはあるかもしれないがこれからも協力してくれると助かる」


「そんな、カインさま。わたしたちにできることがあれば――」


「主さま。お言葉もったいのう存じます。微力ながら私たち一同カルリエのため、いいえ主さまのためならば犬馬の労も厭いません」


「ええと、おまえはスカーレットか」


「! そんな、私のような者の名前を憶えてくださっておられるのですか」


「はは。もちろんだ。みな屋敷の者は私の家族だ。背が高く均整の取れたおまえがスカーレット。右から金髪の子がリンダ。黒髪の子がガートルード。巻き毛の子がキャスリン。茶色のショートの子がフランシス。青い瞳の子がジェマだ。どうだ。間違いないだろう」


「カインさま、もしかしてメイドすべての名前と顔を覚えてらっしゃるのですか?」


「おいおいアイリーン。ほとんど顔を合わさないけど、そのくらい当然だろう」


「感服いたしました。我ら一同微力ではありますがカインさまのお志に沿えるよう全力を尽くすことをここに誓います」


「それほど肩に力を入れなくとも普通に生活してくれればそれでいいんだ」


(このスカーレットっていう娘はグイグイ来るなぁ)


 背が高くスラッとしているスレンダー美人はカインの個人的見解からすればタイプなのであるが、容姿がモデルのように整い過ぎていて現実感がない。


 貴族に転生して十年以上生きてきたカインであるが、目の前にいる美人とねんごろになって生活するようなビジョンを上手く描くことができないのだ。


「とにかく今日はみんなの力で村人たちの気持ちもほぐれて仕事も滞ることなく終えることができた。なにか私にできることがあるならばなんでもいってくれ。ああ、ただしカルリエ領は現在絶賛節約中なのでほどほどにな」


 十一歳の姿に沿うようカインが冗談ぽくいうとメイドたちから笑みが零れた。


 カインは少年とはいえ農民出身のメイドたちとは身分が圧倒的に違うのだ。


(狎れるのは困るが彼女たちともうちょっと親密になるのは仕事上でも好ましいだろう。これから女手が必要になることもあるだろうしな)


「それでは主さま。図々しいかもしれませんが私からひとつだけお願いがありますのでお聞き届けいただけますでしょうか?」


「ちょ、スカーレット!」


 アイリーンが驚きの声を上げて止めようとするがカインはそれを制した。


「いいんだ、アイリーン。褒美をやるといったのは私だからな。それで、だ。スカーレット。私になにを望む」


 高額な衣装か装飾品か宝石か、それともストレートに金品か。


「その、ハグさせてくださいまし」

「は?」


 俗物的な褒美が来ると待ち構えていたカインは、スカーレットの言葉を聞いて呆気に取られ目を見開いた。


 スカーレットは両手を広げて待ち構えている。カインはグリッと目玉を動かし呆けたような顔をした。


「ハグって。その私がか?」

「主さまが、ではなく私からです」


「……あ、ああ、その。どうぞ」

「では」


 一四〇そこそこのカインと一七〇近いスカーレットではまさしく大人と子供ほど身長の差がある。


 よってスカーレットに真正面から抱きしめられるとカインの身体はすっぽり包まれてしまう形になるのだ。


(ふおおっ。胸がおっぱいが胸部が直に顔にいい匂いがここは桃源郷か……!)


「あっ、スカーレットだけズルい。アタシもカインさまとハグしたい!」


「わたしもーっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいな。ならばわたくしもですわ!」

「それじゃ私もっ!」

「待って、わたしだって権利が!」

「おいどんもですたいっ!」

「ちょっと待った。今変なやつ混じってなかったか?」


 ひとりだけでは不公平とばかりにメイドたちからとっかえひっかえハグを強要されるカインであった。



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