第27話「証文を焼く」

カインは利息を出せた者には返済期限を定めて席に戻した。 


それから返せない者の証文を会場の中央に山と積ませた。


 アイリーンとゼンは自分の背よりも高く積み上がった証文の束を呆然と見上げた。


「あのう、カインさま。この証文はどうなさるのでしょうか」


「焼く」

「は?」

「焼く」


 ポカンとアイリーンは目を丸くして頭上に?を浮かべた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ若さま。焼くって、どういうことなんですか!」


「いいんだよ。いらない物は焼いてしまえばスッキリするだろ。セバスチャン」


「ここに」

「焼け」

「は」


 セバスチャンは顔色も変えずにサッと片手を上げた。意を察した兵士たちはかがり火から燃え盛った松明を抜き取ると証文の山へと一斉に火をつけた。


 あまりの成り行きに飲み食いしていた村人たちは呆然としながらメラメラと燃え盛る証文の山を見続けた。


 村人たちの驚愕は一瞬遅れて大脳に到達したのか、あたりから怒号や絶叫が絶え間なく轟き渡った。


「よく聞けカルリエの民よ。私は領主である父ニコラ伯の命によってこの地に赴いた。偉大なる祖父レオポルドが諸君らに金を貸し出したのは、ひとえに本業である農耕が天候によって左右されたつきを失った者たちを救済すべく始めたものだ。利息を取るのは外敵から領地を守るために兵や武具をそろえんとするためのものであり、カルリエ家が利を貪らんとするためではない。今日、私はあくまで父の名代としてことを行ったにすぎぬ。よって寛大なる父の命により余裕のある者には元本返済の期限を定め、それが不可能な貧者の証文は焼き捨てることにした。みな、酒や肉はこれから追加するゆえ、心おきなく食らって飲み、故郷に帰っては領主ニコラ伯のご恩を応じるため明日より頑張って生きて欲しい。以上だ!」


「借金が、帳消し……?」

「それじゃあオラは娘や牛を売らねぇですむだか」

「こりゃ夢を見てるようだ」

「カミサマだ……」


「おうっ、そうよ! ご領主サマはきっとカミサマに違いねぇだ!」


 言葉の意味をすべて理解できなくとも目の前で起きている事実は嘘偽りはない。


 ――救われた。


 村人たちは歓喜し、涙を流しながら口々に領主を讃える言葉をカインに向けた。


「しかし若さま。本当に証文を焼き捨ててよかったのでしょうかね。概算でも数千万ポンドルはありましたぜ」


「ゼン。カルリエの背負った借金は五十億ポンドルだ。数千万ポンドルを惜しまんがために、過酷な取り立てをすれば、どうなるか見当はつく。ただでさえ食えない状況だ。領民たちはこぞって逃散し、国力がそれこそ取り返しがつかぬほど減少するのは目に見えている」


「でも、利息で大盤振る舞いせずともよいのでは?」


「理由がある。利息を使って料理や酒をそろえたのは彼らを集めるため。腹減らしたちをひとつの場所に集めたのは誰が本当のこといっているか、そうでないかを見極めるためだ。同じ村の人間が多数いるところで嘘はつきにくい。人間てのは金のことになれば誰かが得することを嫌がるからな。ご近所さんの目があれば嘘はつきにくいのさ。さらに壇上で証文の照らし合わせをやったのは、周りの目があれば農民たちは堂々と嘘がつけなくなるからな。なんら役に立たたない証文は焼き捨て、父上の名を高めた、これらのほうがよっぽど後を考えれば有益というものだ」


「これは……さすが若さま。あっしには到底考えつかぬ知恵ですな。このゼン、今度ばかりは感服いたしました」


 ゼンは目を輝かせながらその場に跪くとカインを神でも見るかのように仰いだ。


「いやいや、孟嘗君列伝読んでおいてよかったな、と」

「は? なにかおっしゃいました?」

「なんでもない」


(元ネタがあったとはとてもいえないな、こりゃ)


 カインは史記にあった故事をそのまま異世界で転用しただけである。


 これもひとつの知識チートというやつか。


 古代の聖人に感謝しながらカインはひたすら恐れ入るゼンを複雑な表情で眺めた。






 ――すごい、すごすぎる。


 アイリーンはドキドキ脈打つ心臓の早鐘を聞きながら感動で身体を震わせていた。


「ね、わたしのいったとおりカインさまは凄いでしょう!」


 調理場に戻ったアイリーンは目を輝かせて同僚たちに主の偉大さを誇った。


「いや、こどもおちんちん奴隷に成り下がったあなたにいわれても」


「な、な! なにいってるのリンダ! そんな事実はありえませんっ」


「しかし、アイリーンの言葉通り私たちもカインさまの認識を改めなくてはならないだろう。カルリエ家が農民たちに貸しつけた金は相当な額と聞く。ああもこともなげに度量の広さを見せつけられると、確かに常人の枠では計れぬ器の持ち主であると認めざるを得ないな」


「スカーレット……?」


 自分のエプロンをギュッと握り締めながらスカーレットはブルブルと震えている。アイリーンは長いつきあいである彼女がここまで感情を露にしたことはなかった。


「仕方がないな。ここまでの器を見せつけられてしまえば、さすがの私も態度を変えざるを得ない」


 荒い呼気を弾ませながらスカーレットは頭を左右にブンブン振っていた。


「スカーレットさん?」


 アイリーンは数歩下がりながらスカーレットと距離を取った。仲間を見ると、彼女たちはすでに全員素早く調理場の端に移動していた。


(みんな、ずるいよ)


「なにをしているのだアイリーン。あなたは私たちよりも主さまの信任を得ている」


「は、はぁ」


 残された格好のアイリーンはスカーレットに壁際まで詰め寄られた。スカーレットは長身で一七〇以上ある。アイリーンは上から覗き込まれる形となった。


(か、顔、近っ)


「ならば友情の証として私たちを主さまの下へ導き紹介するのは至極自然な流れだろう」


「……ねえ、スカーレット。いきなりどうしたの。なんか変だよ」


 アイリーンが心配するのを無視してスカーレットは足早に歩き出し、戸口で止まった。


「紹介したいなら早くしないか!」

「スカーレットさん無茶振りマジパねッス」


 リンダの言葉にうなずくしかないアイリーンであった。


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