第26話「負け犬の群れ」
――切羽詰まった顔のやつばかりだな。自分もそうだが。
カインはセバスチャンに命じて領内の村々に触れを出し、金を借りていた村人たちを屋敷の庭に集めた。
まずカインはセバスチャンに命じて村々で現在集められる利息だけを取り立て、その金で食材と酒を買い集めた。
それから布告を出し、利息を出せた者と出せない者、カルリエ家から金を借りているすべての人間は所定の時刻に集まるよう指示した。
理由としては、先代レオポルドからニコラに代替わりしたため、領主代行であるカイン直々に改めて今まで発行した証文をつき合わせて調べるためである。
数千を超える農民たちは並べられた長机に座ったり、赤々と燃えたぎるかがり火の前で所在なさげに佇立していた。
(ううん。やっぱ表情が硬いな。さもありなん。金借りてる身分だし、ほとんどの人間は利息も払えない状況だ。目の前のご馳走は食いたいらしいが、あとは怖いってか)
「カインさま」
「アイリーンか」
「お食事は運び終わりましたが、みな、口をつけていらっしゃらないようですね」
「私たちの目が怖いんだろう。まったくセバスチャンも護衛の兵は最低限にしろといっておいたのに」
壇上の机に座るカインの周りには、屈強な武装した兵二十名が槍を持ったまま微動だにせず仁王立ちしていた。
「でも、カインさま。この数の兵では農民たちが暴れ出したらとてもではありませんが抑えきれません」
「そんなことはしないよ。たぶんだけど」
「もう、カインさま。ご自分のことをもっとお考えくださいませ。わたし、胸が潰れそうで」
「わかったわかった。注意はしておくよ。それよりもアイリーン、メイドたちを動員して酒を配ってやれ。一杯やれば気も大きくなるしリラックスできる」
「はあ……」
「さあ、みなの者。それほど硬くならず酒を飲んで肉を食らって好きなようにやってくれ。料理もすべてタダだからな!」
カインが甲高いがよく通る少年の声で叫ぶと寒さと緊張で固くなっていた村人たちの表情がほぐれてゆく。
「ただ……?」
「おい、この料理食ってもいいのか?」
「俺、利息もまったく払ってないんだが」
カインの合図とともに秘蔵っ子ともいわれるメイド部隊が酒瓶を抱えて虚ろな目をする債務者たちの杯をドンドン満たしてゆく。
さすがは領内から集めた領主の妃候補たちである。上等な衣服に華美にならない程度の化粧は領内の盛り場程度の遊び女では太刀打ちできないレベルのものだ。
王都の独身商人たちをあっさり陥落させた美姫の酌によってようやく村人たちは酒精に口をつけ、杯を重ねてゆく。
ほどよく酒がみなに回ったところで、カインは本来の仕事である借金証文の引き合わせを行い出した。
初めは「こんな少年が……」と疑問の目で見ていた村人たちであったが、カインの少年とは思われぬ事務作業の手さばきに、圧倒されてゆく。
「すると、おまえはどうしても借金返済の目途は立ちそうにないと」
「へえ、若さま。頑張ってみましただが、家族八人食うだけで利息を入れるだけが精一杯で、申し訳ねぇだ」
男はカインと話している間もチラチラと後方の卓にある料理が気になって仕方がないらしい。
無理もない。利息をすべて使って買い集めた料理はこのあたりの貧農では年に一度口にできるかわからない高級なものだった。
まだ、飢饉の名残が続く村から出て来た人々にとって、気にするなというのが無理なのだ。
「いや、いいんだ。それとそこにある料理はどうせ余るからメイドにいって折り詰めにしてもらえ。持って帰って子供たちに食べさせてやるがいい」
「え、ほ、本当にいいんだか?」
「ああ、構わない。今日の料理は万人が来ても余るほど作らせてある。みなの者にも好きなだけ持って帰っていいと教えてやれ」
「は、ははーっ。ありがとうごぜえますだ」
男は証文の引き合わせが終わるのもそこそこに、壇上を下りるとすぐさま料理の山へと駆けてゆく。
(ううーん。みんなお腹が減っているんだなぁ)
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