第25話「諸事多忙」

 越せぬと思われたカルリエの冬を救って年が明けた。

 カインは数えで十一歳となった。


 特に記憶にも残らない簡素な新年の宴を祝ってカインは領内改革の端緒につく。


 休んだのは暦の上では元旦のみである。


 幸いにもゼンが年内に書庫と倉庫の整理をし終えていたので、大雑把な把握はできたが、債務を帳消しにするような奇策は思いつかないままでいた。


「クソ、やっぱりいくらなんでも多すぎる」


 日本円にして五千億を超える借金はどこから手を着けていいかわからないほどだ。


「まず、できることは――」

「若さま坊ちゃまカインさま」


「ゼンか。できるなら呼び方を統一してくれるとありがたいのだが」


「へい。けど、みなさまがた好きなように呼んでいらっしゃるので、どのようにお呼びしたらよいのか、とんと見当がつかぬのでございます」


「以前と同じで頼む」

「それじゃあ若さま。領内のジンデ村より仲裁の依頼が入っております」


「またか。村長がいるだろーが、村長が」

「けれど、村人たちは是非に若さまのご仲裁をと」


 カインは執務机に顎を乗せるとはーっと長いため息を吐いた。


「正月からもう半月も経ってしまったというのに。こんなことしていたら、まったく本筋に進む暇がないじゃないか」


「はぁ、でも領内の村人は例の一件以来若さまを頼りにしていなさるんで。第一若さまは公平だし情実に惑わされないもんで、引く手あまたでさあ」


「それで土産にはウチの娘を孫をと、次から次に連れて来る。キリがないぞ」


「それは引き受けてしまう若さまがお悪いんじゃないですかね」


 ――確かにゼンのいう通りかもしれない。


 口減らしか将来のお妃候補を狙っているのかはわからないが、カインが村を巡行する度に、一旦半減したメイドの数が着実に増えて今や八十人を超えていた。


「一応、私が連れて来たメイドたちは純然たる使用人として扱っている」


 よって、以前のように膨大な化粧料という名の出費は増えていないがどこからも文句は出ていないのでカインは眼を瞑っていた。


「そんなの。村の衆は近い将来カインさまがお年頃になって娘たちに手を着けるのを待っているだけでさあ。へへ、剣呑剣呑」


「無駄口はいい。それよりセバスチャンを呼べ」

「へいへい」


 風のようにフットワークの軽いゼンは転がるようにして駆け出すと、カインがほとんど待つことなく執事のセバスチャンを呼んで来た。


「お呼びでございますかな、坊ちゃま」


「ああ、ちょっとゼンにまとめさせた書類で気になることがあってな。カルリエ領では金を領民に貸しているのか?」


「はい。お館さまが少しでも貯えを作ろうとお始めなさいました」


「それで、この証文の数か」


 カインの目の前には領民に貸した金額の一覧を記した書簡が積まれてあった。


「相当だな。集金は上手くいっているのか」


「いえ。ただでさえ貧しい者が多いゆえ、当初の予定ほど収益は上がっておりません」


(素人が金貸しなんてやったって上手くいくはずがないんだ)


 ガックリと心中で肩を落とす。


「で、現実的に債務者から取り立てる方法は考えつくか?」


「それは……」

「ハッキリいっていいぞ」

「ありません」


 実にキッパリしたセバスチャンの返事だった。


「お館さまが始めたこの事業は、機能不全に陥ったカルリエ家を復興させる足掛かりとなるはずでしたが、どうもただでさえ金のない農民から無理強情に取り立てるのは難しく、現在にいたります」


「だろうな」


 カインは椅子に座ったまま両脚をブラブラさせて眉間にシワを寄せた。


「仕方がない、この際だ。新年の仕事始めとしてこの不良債権を一気に清算するか」


「私見ですが、領内におきましては昨年の飢饉も未だ納まっておりません。全回収は不可能であると思われます」


「いいのだよ別に。私としてもひとつひとつ潰していかないと気持ちが悪い。さあ、セバスチャン。屋敷から人手を集めてくれ。仕事をはじめる」






「ねえ、ねえ」

「ん。呼んだ?」


 アイリーンは包丁の手を止めて振り返らずリンダに答えた。


「ご領主さまはアタシたちにいたいけな牛さんを切り刻ませて、なにを考えているのでしょーか」


「そんなの、宴会料理じゃないかしら」


 アイリーンたちメイドは残らず調理場に籠って庭で解体された牛の肉を細かく切り分け下味をつけていた。


「じゃなくて、量よ。量! 半端じゃないわよ。それに外にはお祭りみたく人が集まってるけど。なに。なんなの? アイリーンはカインさまとツーカーなんだから理由くらい聞いてるでしょ?」


「え、いや。わたしも知らないわよ。手が足りないから普通にお料理手伝ってるだけだから。いろいろ聞かれても……」


「リンダ。黙って手を動かせ」


 スカーレットは職人顔負けの手つきで運び入れられた肉の塊を次々と処理してゆく。


「もう疲れたよー。アタシもみんなに混じってお肉食べたい」


「しかし、リンダさんではありませんが尋常な量ではありませんわね。ご主人さまは領内の村人をこれほどまでに集めてどうしようというのでしょうか」


 ガートルードは手を止めて考え込む。


「あ、ニュースニュース。ねえねえみんな。ご領主さまが付近の村々でお金貸してるの知ってるよね」


 キャスリンが息せき切って調理場に駆け込んで来た。


「ええ、知っているけど」


 アイリーンが答えるとキャスリンは目を丸くした。


「マジで! 知らなかったポン。アタシも貸してもらえばよかった!」


「馬鹿ね。確か、お金に困って農機具が買えない人とか税が払えない人のみに貸しているのよ」


 アイリーンはキャスリンの言葉に片手で頭を押さえた。


「それじゃ庭に集まってるのは貸したお金が払えない負け犬集団ってワケ? ぷぷぷ、なんか笑える」


「不謹慎すぎますことよリンダ!」


「ぷぎゅっ。ご、ごめんガートルード、く、くるちいから首絞めないで」


「じゃなくて! 私が聞いたところによると、カインさまは領内でお金を貸し付けていた人を一斉に呼び集めたらしいの。私たちが料理しているお肉やらお野菜は集めた利息で買ったらしいの!」


 両手をブンブン振り回してキャスリンは頬を紅潮させた。


「ところでキャスリン。なんでおまえはそのように詳しいのだ。さては、またサボって外で話を聞いていたな」


「ぎくぎくっ。スカーレットぉ。そんな怖い顔しないでよ。私はよかれと思ってみんなに成り代わって情報収集してあげたのに。心外だよ! ……しゅ、しぃません。くるちいから首絞めないでくだしゃい」


(ケド、なんでカインさまはわざわざ利息分を使ってまでお金を返せない人たちをもてなすのかしら?)


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