第24話「ステータス確認」
アイリーンの言葉通りカインがひと眠りしている間に事態は目まぐるしく進展した。
ランドルフはカインの目論見通り自らの評判を上げて次期商工ギルド長の座を射止める投票のために、本来は国に納める以上の寄付金を屋敷にまで持参した。
「やりましたねカインさま。これだけあれば、きっと村の人たちを助けられます!」
無垢なアイリーンはカインの持つ人徳であると素直に称賛したが、これには幾つも仕掛けたカラクリが作用した結果に過ぎない。
ほぼ有名無実化していた減税申請が通ったこと――。
ランドルフが出馬予定であった次期商工ギルド長選の出馬――。
そしてもうひとつは、事前にカインがランドルフを支える若手の組合員たちに縁付けた元カルリエ領の女たちの力だ。
前日にカインが送った書簡には王都に嫁入りした忠誠心あふれる元メイドたちが懸命に組合員である夫たちを説得し、寄付金を拠出することに同意させたのだ。
(彼女たちは皆一様に故郷のカルリエに親兄弟や親族友人を残している。寄付金がなければ、それらはこの冬の間に死滅する可能性が高い。だからおれは、自分たちだけ王都の暮らしを満喫している彼女たちの罪悪感に働きかけた。ただそれだけだ)
――ただのガキじゃない。
塩商人のランドルフはカインのことを考えながら、静かに戦慄していた。確かに十歳という年齢の割合には頭の回転が速いとは思っていた。
だがそれらはあくまで常識の範疇であり少し早熟であるかなと匂わせる程度のものである。
貴族は一般よりも早くに婚姻を行う。十二、三で嫁を娶り子供がいるものも珍しくはないが、ランドルフが市場で初めて出会ったときのカインは隠し子である自分の娘と大差ない年齢でちょっと大人びているなと思った程度であった。
カインが父であるニコラの代わりに領地へ赴いたと聞いたときは、不憫であると思っただけだ。
ランドルフはひょんなことでかかわりのできたカインの領地であるカルリエにもアンテナを張ってほどほどに情報を仕入れていた。聞けば、カルリエ一族は領内の商人に軒並み将来に至ってまでの税を差し押さえられており、その額は数十億ポンドルとまでいわれるほどであった。
いくらカルリエの地が王国でも屈指の広さといえど、並大抵のことでは復興ができるはずもない。
将来的には経営が立ち行かなくなり、相当なところで王国に召し上げられ、名前だけの領主としてカインが細々と暮らす未来しかランドルフは脳裏に描けなかった。
実際、ランドルフはカインが王都に戻ったことはエサを食わせている衛兵から知っていたが、来訪すると聞いたときは泣きついて来るだけだと思ったし、こちらも適当に世間の理を聞かせて追い払うつもりだった。
だが、どうだ。領主代行とはいえ、対峙したカインからは以前の弱々しさは消え失せ、そこにいるのはひとりの歴とした貴族であった。
――立場が変われば人はあそこまで変わるものなのか。
冷静に距離を置いて見ればまだ若いメイドに傅かれる少年に過ぎないが、ひとたび相対して言葉を交わせばその大きさは倍加する。
ランドルフを驚愕させたのは、カインがただひとりの力によって法律院に提出する減税の申請書を書き上げたことと、それを難物で知られる審議官の筆頭に承認させた部分にあった。
子供と侮っていたが一旦本気になったランドルフの情報収取能力は中々のものだ。
即座にカインの言行の裏を取ったところ、どういう伝手で知り合ったかは知らないがかの王宮魔道士すら心安い仲であった。
さらにしてやられたと思ったのはカインは寄付金を受け取ると、即座に王都にてカルリエに送る支援物資を購入するとランドルフの実家デムランの家紋を掲げて鳴り物入りで送り出したことであった。
ただ金を受け取るだけではなく、ランドルフが損をしないように減税の処置を行い、付随して名声を高めるためには抜かりはない。
街の人々もランドルフが進んで交誼のあった少年領主を救うために物資を送ったという形を取ったため、噂が噂を呼び、幻影は虎にも竜にも変化した。
真実はともかくとして市井におけるランドルフの豪儀な行為は喝采を呼ばずにはいられなかった。
人々は真偽がどうであろうがこのような豪傑を久しく待ち望んでおり、それが生粋の王都の人間であると知るや熱狂は凄まじかった。
無論背景に治安の悪さや政治の腐敗など「陽」たるものが微塵もないところに現れた希望の灯を待ち望んでいた部分にある。
――あのお坊ちゃんにしてやられた。
ランドルフは来る商工ギルド長選に向けて確実に一歩リードした手ごたえを感じ、カインに対して一目も二目も置かざるをえなかった。
王都において格安で仕入れた膨大な穀物及び日用品は商工ギルドが雇い入れた兵によって濁流のようにカルリエ領に流れ込み、それこそ甚大な飢餓者をたちどころに救い領民たちに安堵の表情をもたらした。
「だが、これは根本的解決じゃない」
「なにかおっしゃいました?」
カインはアイリーンと馬に相乗りしながら整然と領内の村々に運び込まれる荷馬車の群れを丘よりジッと観察していた。
借金が減ったわけではないが、少なくともこの冬を乗り越えることはできる。
「いや、気にするな。ただのひとりごとだよ」
「そうでございますか」
荷馬車が濛々と立てる砂埃をアイリーンが暗い眼差しで追っている。彼女はそっとエプロンの中から小さな水晶の塊を取り出しジッと見やった。
「それは……?」
「わたしの、すぐ下の妹が昔くれたものです。あの子が河原でたまたま見つけて、わたしにくれたんですよ。お姉ちゃんは綺麗だからきっと似合うって」
カインは振り向かず背後から差し出された彼女の手のひらに乗った石に目を落とした。
わずかな輝きを帯びたそれは残念ながら宝石として売れるほど価値のある質はなさそうであったがアイリーンが大事にしていることだけはわかった。
「五年前の飢饉で。今でも昨日のように思い出せます。でも、今年は……カインさまがわたしたちにおりますから」
「あああ、デッカイ荷物を背負わされた気分だ」
「まーまー腐らない腐らない。お父さまも病状悪くなってなかったんでしょ? 今回だって寄付金かっ剥ぐの成功したんだし、結果オーライでしょー」
執務室でカインがぐったりしていると、地母神オプレアが羽をひらひらさせて能天気な言葉を投げかけて来る。
「そういや王都にいるときは一度も出てこなかったな。やっぱおまえはおれの幻覚?」
「もー、人をおまえ呼ばわりしてからこの子はー。そういうのは平等を金科玉条にする頭でっかちフェミ豚が叩くいい材料になっちゃうよー。でもそういうぞんざいで無礼極まる呼び方は、ふたりの距離が縮まったようでちょっとうれしいかもー」
(なんか微妙に会話ができないな。苦手だコイツ)
「アタシはカルリエの地母神だからこの土地を離れることができないのね。いわば現地妻ってやつかしら。ねえねえカインくん。あ、他人行儀だったかしら。あ・な・た」
「言葉遣いに配慮がなく申し訳ございませんでした、地母神オプレアさま。以後は気をつけるのでご寛恕くださいませ」
「ちょっとお! なに、その態度は?」
「まあいいじゃないか。それよりも暇してるんだったら例のステータスでも見せてくれないか」
「もーう、女を都合よく使うんだからー。でも、断れないアタシであった、くすん」
「いいからはよせい」
「もうっ、わかったわよ。チンカラ、ホイ!」
――なんだそのけったいな呪文は。
オプレアが宙を飛ぶとカインだけに見える数値がウインドウと共に出現した。
ロムレス王国 カルリエ領
領主 ニコラ・カルリエ
人口 780000→820000
金銭-5000000000
→ -5000000000
民忠 37→56
名声 21→47
治安 24→37
治水 32→29
農業 33→29
商業 11→09
工業 09→07
「なんだこれは……人口が微増しているんだが」
「食料が王都から供給されたって聞いて近くの食い詰め者がドドッと流入したせいね」
「名声と治安も微妙な上がり幅だな」
「お腹がくちくなっても餓死を免れた人間が増えただけであって人間的生活の満足度からは程遠いからでしょ。これからが本番よ」
「ほかの数値は軒並み落ちてるぞ」
「治水にまったくお金を割けてないからねー。雨期じゃないから助かってるだけ。なんとかお金を工面して死に体の商工業を充実させるのが来年度の目標といったところかな」
「そんな簡単にいうなよ」
「できるって信じてるから」
オプレアは瞳を輝かせてカインの顔を覗き込んで来る。
「……借金は増えていないようだが」
「端数を切り捨てているからそう見えるだけで、実際は着々と利子が加算されてるわ」
「さいでか」
「と、まあ、今んとこはこんな感じよ。カインくん、めげずにがんばろー。オプレアおねーさんはきみのことを応援してるよ」
「だったら借金を帳消しにする術でも教えてくれ」
「ゴメン無理」
即答するオプレアにがっくり肩を落とすカインであった。
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