第23話「メイドと戯れる」
――減税の目途が立っている以上ランドルフは必ず金を出す。
カインには確信があった。
(なぜならばやつは金を出したい理由があるからだ)
カインは事前の調べでランドルフが商工ギルド長の選挙に出馬していることを知っていた。
対抗馬は通算三十年と商工ギルドを長きに渡って支配して来た重鎮である。王都の商工ギルドの領袖になるということは、経済から王都を支配することができる。
つまりはロムレス王国の金を一手に握るのと同義であった。
(ランドルフが欲しいのは入れ札で自分を少しでも政敵よりリードするための材料だ。善行を積むにもランドルフ自身が困った相手に金を貸し付けるのであれば、その見え見え感というかわざとらしさが際立ってしまう。ならば、今回の私の義援金拠出はアイツに取って願ったり叶ったりだ。あとは、もうひと押しが必要か)
アイリーンの膝の上でとろとろ浅い眠りを貪りながら、屋敷に戻った後でやらなければならない書面に埋める文章をカインはゆっくりと脳裏に描いた。
「眠い……」
「カインさま、大丈夫ですか? すごく顔色が悪いみたいですけど」
王都のカルリエ屋敷でひと晩過ごしたカインは疲労が溜まっていた。
枕元に朝食を運んで来たアイリーンが心配そうに顔を覗き込んで来る。
昨晩は昨晩で手紙を何通も書き、久々に会った父母に領地の状況を上手く脚色して話しているうちに精神的ストレスが倍加したのだ。
「もう少しお休みなさったほうがよいのではないでしょうか」
「いや、起きるよ。私は一度目が覚めると中々寝つけないんだ」
王都の屋敷は領地と違ってまだまだ新しく使用人の数も多く、陽光が多量に入るよう計算された構造はいるだけで気力を回復してくれる。
「ふう」
見ればアイリーンが肩を気持ち落としやや表情に陰りがある。
「どうしたアイリーン。ため息なんか吐いて。慣れぬ都に気疲れしたのか?」
「いえ、わたしは平気ですよ。ただ王都はカルリエと違ってどこもかしこもピカピカ綺麗で。なにか目が回りそうになってしまっただけです」
「今回は観光じゃないからあちこち案内はしてやれない。領地に目途がついたら、そうだな、屋敷の使用人たちを一度連れてきて案内してやろう」
「カインさまったら。わたしに気を遣わなくてもよいのですよ」
「嘘じゃないぞ。そうだな、三年ほどですべて現実にしてやる」
「ふふ、そうですね」
アイリーンはようやく表情に余裕を取り戻すとくすくすと楽しそうに笑った。冗談でも嘘でもなく、カインは少なくとも三年以内に領地の借金をすべて支払い王都帰還の目途をつけるつもりである。
第一、借金の額は並大抵じゃない。五十億ポンドルをこれ以上保持していたら利息だけでカルリエは押し潰されてしまうだろう。
(ならば通常のやり方じゃ返せるはずもない。幸か不幸か借金を増やす元は現在停止状態だ。父上の病が癒えても、また以前のように放蕩を繰り返すようなことはできないだろうし、その間におれが、カイン・カルリエが三年以内に領地改革を推し進めて誰も文句がいえないように実権を握るしかない。そのためには――)
「ところでカインさま。昨日の商人からよいお返事がもらえるとうれしいですね」
「気が早いな。まだ朝の八時だぞ。だがまあ、アイリーンがそれほど心配することはないだろう。ゆったりと構えて居ればそのうち連絡があるだろう」
「その、カインさま。昨晩も遅かったようですが。毎日きちんと睡眠を取らないと身体にお悪うございますよ」
アイリーンがチラチラとベッドの上にいるカインを見る。確かにカインは十歳にしては小柄なほうだ。そしてカインはそのことを若干気にしていた。
「う、うるさいな。人間は背格好じゃない。私は見てくれよりも中身のある人物になるからそのようなことは問題じゃないのさ」
「でも、もしカインさまがお年頃になったとき、背が低うございますと後々ご苦労なさいますよ。アイリーンはそのことが心配でございます」
「だったらその分余計に食ってせいぜい背丈を伸ばすことにするさ。はぐはぐっ、もぐもぐっ、もごっ」
「ああ、そんな慌ててお食事なさらずとも。よーく噛んで食べないとお腹を壊しますよ。ほら、お口周りも」
「ん……」
アイリーンは白いハンカチを差し出してカインの汚れた口元を拭おうとベッドに乗り出した。
「あら? カインさまのおぐしが。少し整えさせていただきますねー」
アイリーンはさらにずずいとカインの上に覆いかぶさって寝癖を整えようと身体を上から躾けて来る。
(ううむ。すると、なんだ。おれは、このようにベッドに仰向けになっている状態なのでアイリーンのむむむ、胸が顔に……)
「るんるんるー。らららー」
妙に機嫌がいいのかアイリーンの口から謎の鼻歌が漏れている。カインはカインでゆっさゆっさと目の前で揺れるアイリーンの胸に顔が埋められたり離れたりを繰り返された。
なんというか、相手が中学生程度の小娘であると理解はしているのだが、照れ臭い。くどいようであるがカインは酸いも甘いも嚙み分けたオッサンである。
だが、オッサンであることからこのような年下の小娘から幼児のような扱いをされるのはそれはそれで気恥ずかしいのだ。
「ちょ、ちょっと待った。それくらいでいから、そろそろだな――」
「え――? きゃっ」
ようやくアイリーンが自らの行動に気づいたのか、かわいく悲鳴を発して離れた。
両胸を隠して顔を真っ赤にするアイリーンはカインが少年でなければ朝から悪戯を無理やりされたような趣で外聞が悪かった。
「その、なんだ……朝食を食べたらひと眠りするよ。睡眠不足は身体に悪いからな」
「そ、そうですよっ。たっくさん寝るといいことがありますよ」
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