第22話「商人ランドルフ」

 悪党の退場ととともに騎兵隊は風のように姿を消した。


 とりあえず当初の予定は果たされたカインは息つく暇もなく、商工ギルドへと交渉のために向かった。


「それにしてもカインさまはさすがです。あのような雲上人であらせられるお方まで心酔させてしまうなんて」


 道すがらアイリーンはキラキラと瞳を輝かせてカインに賛辞を送り続けた。


「いや、さすがにアレはツキがあっただけだって。私はなにもしていない」


「ご謙遜を……!」

「いやいやいや」


「んだんだ。坊ちゃま、そこはお女中のいうとおりだべ。さすがは時期カルリエのお殿さまだべ。オラの命は坊ちゃまに預けただ。好きなように使ってくらっせえ」


「ジェフもいい加減にしろ。私をそのように持ち上げてもなにも出ないぞ」


「またまたぁ」

「そうですよカインさま」


(どうにもやりにくい。こいつらはおれを過大評価しすぎだ)


 ――自分でも妙にツキがあり過ぎると思う。


 カインは運命における妙な作為を持ち前の嗅覚で嗅ぎつつも、すでに処理し終えた事柄に思いを巡らす無意味さを感じ脳のリソースをこれから行う商人たちとの交渉に割いた。






 法律院を出たカインはその足で王都の商工会議所に顔を出していた。


 ちょうど寄り合いの最中であったのか、青年組と呼ばれるカインの顔馴染みがそろっていた。


「これはこれはカイン殿。事前に連絡くらいくださればこちらで迎えを出しましたのに」


「久方ぶりに……というほどでもないが、今日はみなに話があって来たんだ」


 青年組を率いている塩商人のランドルフは揉み手をせんばかりに近寄って来た。


(以前ならば坊ちゃま坊ちゃまとおれのことを小僧扱いしていたはずなのに。さすがに如才ないな)


「遅れましたがカルリエ領主代行就任おめでとうございます。それと、我ら商工会のメンバーに素晴らしき伴侶を紹介していただき重ねて感謝の言葉もございません。これは些少でありますが……」


 ランドルフは背後をチラリと振り返ると贈答品を机の上にザッと並べた。


 どれこれも値千金といわれる貴重な品々である。


(さすがはランドルフ。おれの王都入りをとっくに察知してここに来ることを予期し品までそろえていたか。抜かりはないな)


 カインは商工会のメンバーから勧められた椅子に座ると顔を上げてランドルフを見た。


 ランドルフは人当たりのよい表情でカインに礼を失さぬよう笑みを絶やさない。


 しかしこの笑みの意味は、以前の市井に顔を出す変わり者の貴族の坊ちゃんを迎え入れる利害のないものではない。


 今や大領といわれてもいいカルリエ家を実質統治する立場となったカインに対していかに利を引き出すか模索する商人の仮面であった。


「グダグダ話を引き延ばす趣味はない。私もおまえも忙しいので単刀直入にいわせてもらう。今、カルリエ領には金が要る。商工ギルドで義援金を拠出して欲しい」


「……これは、なんとも飾らないお言葉を」


「貸せといわれるかと思っていたか? そうではなく私はくれといっている」


「カイン殿は前振りも意味のない言葉のやり取りも嫌いでしたね。それでは私も商人のひとりとして率直にいわせていただきます。私が調べたところでカルリエ領の年貢や向こう十年間の作物はすべて領地の商人に形代として取られております。抵当がないカイン殿に資金を融通することはできませんな」


「ランドルフ。私の話を聞いていなかったのか。私はおまえに金をくれといっているのだ。抵当を質に入れるなどはもってのほか。そもそも現在のカルリエにはその抵当もないのだがな」


「困りましたな。いくら私とカイン殿が心安い仲とはいえど、我らが商人にとって金は命。銅貨一枚を得るのにも脳髄と血肉を振り絞っているのですよ。寄越せはいどうぞというわけにいかないのは当然でしょう」


「別に私はおまえに損をしろといっているわけじゃあない。最初から王都に税として取られる予定のものを、飢饉によって苦しんでいる我が領民に与えて救ってくれと頼んでいるのだ。もっとも口先だけではおまえも納得出ないだろう」


 カインが目配せするとアイリーンは手にしていた筒から一片の書面を机の上に広げた。


「失礼して」


 手に取ったランドルフの表情がみるみるうちに変わる。


「これは法律院審議官のサイン――!」


「読めばわかるだろう。本日減税に関する申請書の予備審査をクリアしている。私が調べた限り予備審査を通った後で判定が覆った例は一度もない。つまりは、私が明日以降に出す寄付に基づく所得の減税処置はすでになったも同然。おまえも今の王宮に金をやるくらいならそこらの猫にやったほうがマシだといっていたじゃないか。頼む。我が領民を救ってくれ」


「――添え書きに王宮魔道士さまの名まである。カイン殿、私個人としましては王都の腐敗した官憲に金を搾り取られるくらいであるならば、餓えた民を救うために使ったほうがいいに決まっていることはわかりきっているのですが。なにぶん、寄付金の額が額なので、ひと晩みなと話し合わせてはもらえないでしょうか。明日までには結果をお伝えできます」


「そうか。ならば頼む。私の用件は伝えた。帰るぞ」


「あ――お待ちを。せめて茶の一服でも振る舞わせていただきとう存じますが」


「いらないよ。ときは金なりだろ。私は屋敷で待つ。吉報を待っているぞ」


 カインはランドルフの用意した馬車で王都の屋敷へと帰宅した。


「カインさま。商工ギルドは資金を融通してくれますでしょうか」


 不安げにアイリーンが訊ねるがカインはあくびの漏れた口に手をやってむにゃむにゃと聞こえにくい声で返答した。


「心配いらない。それよりも少し、疲れた」


「カインさま。よろしければわたしの膝でお休みください」


 ほんのりと頬を赤らめてアイリーンが自分の膝をスカートの上からポンポンと叩いた。


「む。すまない。借りるぞ」


 ごろりと横になる。


 ガタンゴトンといつもならば神経を苛立たせる馬車のアップダウンがカインを夢の世界へと誘った。


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