第18話「事故」
数刻後――。
カインの乗り込む高速馬車は一路王都を目指していた。
「え、もしかしてわたしも王都に連れて行ってくださるのですか?」
「……ああ」
カルリエ家の力を持って調達した領内一の早馬車である。馭者を務めるのは領内視察に伴った護衛のジェフ。
身の回りの世話係としてアイリーンも車内に姿があった。
「王都にいるのはたぶん数日だが、その、なんだ。いろいろと女手が必要になるかもしれないからな。物見遊山ではなく、資金調達の一環だからな」
「カインさま。わたしなどがどれほどお役に立つかはわかりませんが、カルリエをお救いになるため都に向かうのですね。微力ながら全力を尽くします。なんでもお命じになって下さい」
「あ、あのな。……ま、いいか。アイリーン。おまえの力が必要なときは遠慮なく申しつけるから頼むぞ」
「はい」
フンスとばかりに小さく両拳を握り締め目を輝かせるメイドの少女がひとり。
(まさか、またあわよくば膝枕を頼もうかと思っていた、とはいい出しにくい感じだぞ、こりゃ)
少女如きに囚われないと自信があったカインであったが、その鉄のような心はただ一度の身体的接触でもろくも解け始めていた。
なんら問題も発生せずに王都にたどり着いた。
カインにとってはたいした時間も経過しておらず懐かしいという感慨も起きない。
「あー、肩凝った」
座りっぱなしで身体の筋肉のあっちこっちが強張っているが、それ以外に体調の変化は起きていない。
「これが……王都ですか」
ほわぁ、とばかりに王都に上るのが初めてのアイリーンは目玉を丸くして街並みに見入っている。
転生者であり現代日本の建築技術を知っているカインからしてみれば、建物が多くゴミゴミしている以外それほ目を引くものがあるとは思われないが、アイリーンは完全に気圧されたように大通りの人の多さにビクついていた。
「カインさま、この通りの人の多さはどういうことでしょうか。今日は、お祭りかなにかあるのですか?」
「いや。王都じゃこれくらいが普通――いや、今日は天気が悪いからだいぶ少ないな」
頭上にはどんよりと鉛雲がかぶさっており、いつ一雨来てもおかしくない天候である。
「アイリーンは初めてだからしょうがないが、ジェフはだいぶ落ち着いてるな」
「坊ちゃま。オラはジサマについて何度か都に来たことがあるだべ。心配ねぇべ」
「そうか。ふたりとも疲れているところ悪いが、今から法律院に行って書類を申請しなきゃならないからついて来てくれ」
「カインさま。失礼ですが、その、王都に参られましたのは、都の商人から金子を融通するためではなかったのですか?」
「お察しの通りだよ。アイリーン、領内の噂通りカルリエ領は火の車だ。実際に私は王都の懇意にしている商人たちから資金を調達しようとわざわざ車を飛ばして駆けつけたんだ。事実、すでに領内の商人から新たに借金しようにも、十年先の年貢の取れ高までカタに取られてるくらいだからな」
「け、けれど、王都の商人は目端が利くと聞いています。カルリエ領のことくらい彼らはすでに承知しているのでは」
「そう、だから新たに借金はしない」
「お金を、借りない?」
「タダでもらう。正確には義援金拠出という名目で商工ギルドから金を寄付してもらう」
「――は」
アイリーンはたっぷり五秒ほど言葉を失ったまま黙っていたが、ようやく沈黙を破って返事とも取れるようなため息を漏らした。
「そ、そんなの無理じゃないですか。商人たちがカタもなしにお金を出してくれるなんて……! それも縁もゆかりもないカルリエ領のために!」
「ま、普通じゃありえないんだが。私も無策というわけじゃない」
王都ロムレスガーデンの大通りの昼間はさすがに行きかう人々が多く、また通商も盛んなため商品輸送の馬車の量も群を抜いていた。
連れ立って歩きながら話をするカインたちの前を黄色い小旗を持った役人たちが厳めしい顔つきで遮った。
「な、なんですか。あれは?」
「王家御用達の商人馬車が通る前触れだ」
小口の配送業者とは違って、王家出入りを許された馬車はサイズも数もとにかく桁違いであった。
そのため王都ロムレスガーデンでは大きな通りを御用商人の馬車が通る際には専用の役人が小旗を持って市民の通行整理をするのが常であった。
「見ろ、アイリーン。あの八頭立てが曳く巨大馬車。紋章からしてノエス家という王都切っての大豪商だ。あの中には王都に献上される嗜好品がドッサリと積まれている」
「すごいです……カインさま?」
アイリーンが感嘆の声を上げた瞬間、カインは車列が差しかかる寸前に飛び出した。
「飛び込みだーっ」
「轢かれたわよーっ」
多数の絶叫と共にカインの姿が轟音を響かせる車列に飲まれ、濛々と砂塵が巻き上げられた。
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