第15話「地母神オプレア」

「なんだこりゃ……?」


「これは現在のカルリエ領のステータスを可視化したものよ」


「どわっ」


 背後から声をかけられカインは思わず飛び上がった。目の前には、手のひらに乗る程度の少女が小さな羽をひらひらはばたかせ宙を舞っている。


(新種の蛾かなんかか?)


「しっつれいしちゃうわねー。アタシは蛾なんかじゃないわよ。いうにことかいて。せめて美しい蝶に譬えなさいよね」


「おまえ、なんだ。いきなり人の部屋に入って。せめてノックくらいしてくれ」


「だーかーら、カインくん。現実逃避はやめなさい。あなたがどう思っていてもアタシはちゃんとここにいるの。こらこら、カミサマが話しているのにソファで寝ようとしないこと」


「おまえが、カミサマだって?」


「そ。アタシはカルリエの地母神オプレア。ぱんぱかぱーん。なんと! このたびカインくんが領主として新たに赴任したお祝いに特別サービスとして直々にスキルと加護を授けるため顕現したナリぃ!」


 草の冠を被って金色の髪をなびかせたオプレアはそういうと「てへり」とばかりに舌を出して愛嬌たっぷりにウインクをした。


(領主じゃないし。代行だ、代行)


 カインは強烈な頭痛を感じ顔を顰めた。


「わかった。おまえが仮にカミサマだったとしても、歓迎の余興をずるずると長引かせる権利はないはずだが」


「あー、信じてないなー。第一、君がここに来てすぐに助けてやったじゃんか。あーしは君の命の恩人なんじゃぞー」


「いつだよ。覚えていない」

「カインが森で野盗に囲まれたとき」


 ――そういえばカルリエ領に入る直前の逃走中にそんなことがあったような。


 とりあえずカインは知らぬ顔の半兵衛を決め込むことにした。


「いまいちキャラが安定してないが。おれにはさっぱりだ」


「あー。ふふん。そう来るのか。てか、カインてば、そっちのほうがいつもよりしっくりしてるぞ。子供が大人ぶった一人称を遣うのはあんまかわいくないなー」


「別にこれはおれの妄想だし一人称は普通に公式の場じゃ必要だから使ってるだけに過ぎないしダメだなおれ疲れてるのかな。自分で自分の妄想に語りかけ出したぞ」


「だから妄想じゃないってば!」


「……わかった。とりあえずこれが現実だとして、オプレア。おまえはおれになにを望んでいるんだ」


「そんなのカルリエの地母神であるアタシが望むのはただひとつ。この領地の繁栄よ」


「もしかして、すっごく規格外な神秘でおれの領地改革をサポートしてくれるのか」


「うん」

「具体的には?」


「ん? だからもうやったじゃん。領地ステータスの可視化」


「もっと、こう具体的に金をジャンジャンバリバリ出してくれるとか、無敵なチートスキルを授けてくれるとか……」


「そういのはありません」

「帰ってまえ」


「ぶぅぶぅ。アタシにできるのはカインにこの土地の現実を数値化して知らしめることだけなのよ」


「ホントに? なんか政治的に邪魔な人物が現れたら秘密裏に処理してくれるとか」


「アタシは殺し屋じゃないから、そういうのは無理かな。でも、悩み相談とかなら得意だよ。任せてね」


「はぁ、つまりは助言程度の能力しかないと」

「とりあえずは、かな?」


 ドッと疲れが来たカインだった。


「わかった。とりあえずすべてを受け入れようじゃないか」


 三十分ほどたっぷり沈黙を貫き、ようやくカインは現実を直視した。







「だーかーら。ぜんぶがぜんぶマジもんのホントだってのに。最初っからいってるじゃないの。もお」


「いくらF世界だからって飲み込めることと、そうじゃないことがある。第一、おれはこんな能力を持つ人間がいるなんて一度も聞いたことがない」


「狭い了見ねー。さすがカインお坊ちゃま。あーウソウソ。このくらいで怒んないでよねー、ウツワちっちゃいわねぇ」


「とりあえず、オプレア。この数値の意味を詳しく教えてくれ。あー、それとなんだ。ウインドウの顔写真が父上なのは、アレなのか」


「うん。名目上はカインのおとーさんがカルリエの領主だからね。そのあたり、細かいことは気にしないでいこー」


「だったら、なぜ父のところに化けて出ないんだ」


「アタシはおばけじゃないよー。なんでかなー? たぶん、運命ってやつですかね」


 オプレアは窓際に移動すると自分の前髪をかき上げて自嘲の笑みを浮かべた。


「そこは別にいいか」

「いいの?」

「それよりも説明だ」


「うん、じゃあ、まずなにから話せばいいかなー」

「もっかい数値を出してくれ」

「はいなー」


 ロムレス王国 カルリエ領 

 領主 ニコラ・カルリエ

 人口 780000

 金銭-5000000000

 民忠 37

 名声 21

 治安 24

 治水 32

 農業 33

 商業 11

 工業 09


「とりあえず上から順に。人口はカルリエ領の人間の数と、金銭は今の借金の額か」


「そだよー。ザックリなのは端数を端折ってるから。民忠は領民の領主に対する忠誠度。名声は領主の周りからの評価。治安はまんま領内の安全度。治水は河川の開発度で。商業農業工業は今の領内のレベルだねー」


「この数値は悪いのか? 王国の平均がよくわからないからどうにも判断できないんだが」


「極端に悪いってわけじゃないんだけどねー。けど、一番領内が整ってる南方のバルテルミー領はすべての数値に置いて平均80以上だから。あっこと比べるのは今の状態じゃ酷だけど。王国内から見たら、下の中ってとこかな」


「ここより酷い領地があるのか」


「それでもやってけるのは領民をメッチャ虐げてるからかな。でも地母神としてはカインに頑張ってもらって領内を安定させてもらいたいんだよ。そうすれば自ずとアタシの格も上がるからさー。ホラ、余裕がないとニンゲンってカミサマを拝まないジャン?」


「なるほど。おれが頑張って領地を富ませるとオプレアも潤うと。つまりはフィフティフィフティってとこか」


「そんな感じかなー。カインのパパさんは贅沢病で王都から領地に来られないみたいだしー。期待してるよう」


「ちなみにカミサマなら父上の命数も計れるのか?」


「まー、贅沢やめて養生してもそれほど長生きはできないと思うよ。カインもパパさんの身体見れば一目瞭然でしょ」


「まあ、けど子としては父上に快癒してもらいたいだけだ」


「そだねー」

「なぁオプレア」

「なになにー?」


「おまえって本当に毒にも薬にもならない助言しかできないんだな」


「……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る