第14話「領地ステータス」
――カインが行ったことは単純明快だった。
実際の領主であるニコラが病に倒れたせいで、彼女たちが正式な側室となって人生をまっとうする確率が非常に低くなったことと、これからカインが紹介する王都に住んでいる独身の商人たちに嫁ぐことによってどれほどのメリットがあるかどうかを、事細かに話して彼女たちを得心させたのだった。
これには理由がある。
メイドたちの中でも両親が豪農階級に類するグレースたちは、貧農階級出身であるアイリーンたちよりもはるかに高額な化粧料を要求してカルリエ領の経済を圧迫しつつあった。
領地の経営がそれほど逼迫していなかった彼女たちを引き取った当初ならばそれほど目くじらを立てるコストでもなかったのだ、今や総勢八十名を超えるメイドたちは年間五百万ポンドル以上の生活費を食うほどの持て余し物になっていたのだ。
領主に献上されても特権階級の意識が抜けないグレースたちをカインは将来的に寵愛する気も、またその余裕もなかった。
転生したカインは精神が大人であっても、身体自体が未だ未成熟な少年であったことも、グレースたちのような美女を冷徹に割り切ることができた要因のひとつだった。
(非人道的といわれても仕方がないが、賭けてもいい。彼女たちはここで若さを腐らせているよりも、王都の将来有望な商人の妻として生きたほうがずっといい)
カインは美醜の判断に長けているわけではなかったが、都会育ちのプライドが高く御しにくい都育ちの女よりも、未だ封建的制度が根強く残っている田舎の女のほうが商人たちの嫁に向いていると判断したのだ。
そして五日後、都に送ったグレースたちの婚儀は残らず成立し、カイン自身は独身生活を余儀なくされていた商人たち自身や親から無数の令状と進物を受け取ることとなった。
カインは執務室で山と積まれた手紙の山にひと通り目を通し、凝った首を鳴らした。
(うん、意外とおれ婚活事業とかに向いてるかもな)
実際、このとき王都の商人がカインの送った女たちを気に入ったのは、彼女たちが若く美しかったのが第一にあった。しかしある意味美女を見過ぎて感覚が麻痺していたカインは、後年彼女たちに再会したときそれを猛烈に悔やむのだが、それらは本筋と関係ないので割愛する。
(さて、その後の調整でメイド兼妾候補を四十二名にまで削減した。もっとも金食い虫の豪農層の娘たちは商人たちに引っ付けてやったんだが、さすがにゼロにするのは対面的に考えても不可能だからここで手を打つしかないか)
と、カインが考えるのは領民たちが美貌の娘たちを献上したのは、それはそれで領主に対する信頼と愛慕と打算が含まれているからである。
カインが年少ということで、やや年嵩――といっても上がせいぜい二十代前半である――のメイドたちを縁付ける形で王都の商人たちに送ったことに関して理由付けはできるが、それ以下のメイドたちは半分以上が十歳以下であり微妙にカインの成長に合わせれば適齢期が重なってしまうのである。
同じ手で娘たちを追い出してしまえばただでさえ経営手腕も力も不審がられている今、さらなる反抗の芽を養うことにもなりかねない。
――とりあえず残りの娘たちは飼っておいて、あとで方法を考えるしかないか。
メイドっ子たちのことは些末な事案に過ぎない。ここ数日間セバスチャンの言葉を確認するためザッと屋敷にあった帳簿を確認したところ、カルリエ領はどこから手を着けていいかわからないほどの疲弊ぶりであった。
お供に着いて来た騎士たちはとっくに王都へと戻っており屋敷にいるのは、下男下女とメイドやセバスチャンを除けば警護の騎士が幾らかいるだけである。地元出身、おまけに文盲ですでに五十近い老齢の騎士たちに新たな経理的技術を教え込む余裕も時間もない。
(となれば、今いる人材でなんとかやりくりせねばなならないが――)
頼りになるのは王都から連れて来た元商人の奴隷であるゼンくらいのものだ。カインはゼンの前に立つと厳かな雰囲気を故意に作って咳払いをした。
「で、なんですかな若さま」
「あのな。そこは形だけでも恐縮するものだぞ。で、だ。私からおまえに仕事を割り振ろうと思う」
「へいへい。あっしも近ごろ暇を持て余していましてね」
「いったな。ゼン、おまえに重要な任務を与える」
「で、なんですかい」
「とりあえずは書庫の整理。領地の経営に必要な物だけを残してあとは処分しろ。それと、コイツは蔵のカギだ。中にはお爺さまや父上が集めたガラクタ――もといカルリエ家の由緒正しい物品が眠っているので、価値があるものを上中下とランク付けして区分けしてくれ」
「すべてあっしの裁量で?」
「いわれたとおりにするなら子供でもできるさ。それにおまえが相当な目利きなのは都にいたころから知ってるさ。頼んだぞ」
少年であってもカインはゼンの主人であり、ロムレス切っての有数な大貴族の御曹司である。
ここまで見込まれて奮い立たなければ漢ではない。ゼンはぶるるっと全身の毛を震わせると、舌を放り出して呼吸を荒げた。
「お任せください若さま」
雑務をゼンに割り振ったところでカインの仕事が終わったわけではない。むしろ、未だ領地改革に関しては微塵も進んでいないといえた。
(まずはと取っかかりを探さないとどうにもならない)
まず第一にやることは領地を自ら見回って現実を知るということだ。
現地現物の精神である。
カインはこの世界に転生してからカルリエの土地を実際に歩き回ってみたことは一度もない。
未知の場所というものは人に好奇心を抱かせるものである。
「いざ、出陣」
「坊ちゃま、本日は天候がよろしくないようで」
玄関の前でセバスチャンに止められた。
思い立ったその日、屋敷の天井も抜けるかという大豪雨がカルリエの地一帯を襲い、出発を泣く泣く断念した。
「くそ、なんてこった。いきなり足止めとは」
季節は冬に差しかかっていた。
カルリエの地に来た日からそれほど経過はしていないというのに、夜になれば骨の髄まで寒さが染み込んで来るのがこの土地柄だった。
「なんて寒さだ。王都とは大違い」
暖炉に薪をくべてガンガンに燃やしているというのに、毛布を被ってもなお寒い。
長雨は十日ほど続き、事態はカインが動き出す前にドンドン悪化していった。
小者たちが届けて来る領内の様子は聞くだけに惨憺たる有様だった。
「坊ちゃま。領内では河川の大規模な氾濫が起き、相当数の村々が多大な被害を受けております」
執務室でセバスチャンの読み上げた情報を手元の地図に照らし合わせてゆく内にカインは知らず歯噛みした。
(ただでさえ金がないってのに、領内の数十カ村は壊滅状態。おまけに、秋に収穫した作物の保管庫が軒並み濁流に押し流されて、冬を迎える前に飢饉が起こりかけている)
セバスチャンはいつものように無表情のままその場に佇立している。傍らでは茶の用意をしていたアイリーンが蒼ざめた様子で手元を細かく震わせていた。
カインは机の上で両手を組んで虚空を見つめた。
(ゲームでいうならば開始同時に領内の飢饉でステータスはバッド。治安は最低で野盗が暴れ回りいつこっちの首を掻かれるかわからん。資金はゼロも等しい、というか借金が唸るほどある。民の信頼は最低値でおまけに頼りになる能力の高い臣下もいない。くそ、どうやってこの最低の土地を立て直せばいいんだ。このゲームは縛りがきつ過ぎるぜ。こんな状態から領地をまともに戻すなんて、それこそマジモンの錬金術士でもなきゃ不可能だ……!)
カインがいくら錬金術士であるからといって、土を金に変えることは不可能だ。厳密にいえば技術的に不可能というわけではない。
その術式自体に金よりもはるかに価値のある媒体を使用しなければならない時点で、経済的にはマイナスといえた。
――ひとりでできることには限界がある、とっかかりが欲しい。なにか、今の状況を打破できるとっかかりが。
「これがゲームなら現在のステータスくらい楽に見れるんだろーが」
――カインがそう愚痴った瞬間、目の前が激しい白い光で埋め尽くされた。
「がっ、まぶし!」
――そして視界が戻った瞬間、目の前になにもないはずの空間に幾つものウインドウと数字の羅列が浮き上がっていた。
ロムレス王国 カルリエ領
領主 ニコラ・カルリエ
人口 780000
金銭-5000000000
民忠 37
名声 21
治安 24
治水 32
農業 33
商業 11
工業 09
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