第13話「断捨離」
「グレースたち帰ってこないわね」
「馬車に乗って出かけたことは知っているけど」
「けど、もう夕刻よ」
メイドの小雀たちがちゅんちゅんと喧しく噂話に徹する中、アイリーンは食器を配膳する手を止め憂い顔をした。
(いったいどうしたのかしら?)
特に屋敷側から説明がないので詳しい理由を知る者は皆無であった。実際、このように理由も説明せず多数のメイドが姿を見せなくなることはアイリーンが屋敷に来てから一度もなかったので、不安は時間経過と共に大きくなってゆく。
「やはり気になるな」
「スカーレット……」
「ただ呼ばれただけで戻るのにこれほど時間がかかるわけもない。そうだろう」
「ん、まぁ、それはね」
「確かに気に入らないやつらだが、籠の鳥である我らは主がなにかをいうまでおとなしく黙っているしかほかはない。ふふ、そんなに仕事も手に着かないほどなら、いっそのこといつもの調子で主に直談判でもしてみたらどうだ」
「うん、そうする」
「え、あ、ちょ――」
(スカーレットのいう通りだ。やっぱりわたし気になる)
「ふー思ったより疲れるな」
カインは執務室に戻ると、祖父レオポルドが使っていたであろう年代物の椅子に身体を預けた。
だが十歳にしては小柄なカインはさすがにサイズが合わず背もたれにもたれかかるとまるでベッドのようにすっぽりと包まれる状態になる。
「足も届かない」
祖父のレオポルドは一九〇を超えていた。この世界では栄養状態の問題なのか平民ではそれほど平均身長が高くなく、貴族のほうが体格のよい人間が多い。
「若さま。休むのであれば寝室のベッドで休まれたらいかがで」
ゼンが書棚を整理しながらいった。やたらに動いて疲れたせいかベロが口元からはみ出しているが、種族の性質なので気にしても仕方ない。
「いや、ちょっと考えたいことがあるからな」
「さいですか」
首を左右に振って凝りをほぐしていると入り口の扉が控えめにノックされた。ゼンがすぐさま扉に取りついて開くと、どこか緊張した面持ちのアイリーンが立っていた。
「若さま、席を外しましょうか」
「余計な気遣いはいい。お入り」
カインが声をかける。
本人は気合を入れたつもりであったが、声変わり前の少年なので重苦しい雰囲気の部屋がどこかほのぼのとした。
「失礼いたします、ご主人さま」
アイリーンがゆっくりと部屋の中に入って来る。カインはどうあがいても椅子が大きすぎて上手くかけられないので机から離れた。
「それと、だ。私はあくまで父上の名代で領主代行に過ぎない。カインでいい」
「それではカインさま。不躾ながら、ひとつお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」
「いいよ」
「今朝方出かけたグレースたちはいつごろ屋敷に戻るのでしょうか?」
「その件か。そうか」
どう説明しようかカインは一瞬戸惑った。
(なにせおれのやったことは人身売買に近い。いや、そのものか)
「……」
こうやって向き合って立つとアイリーンのほうが背が高いのでどうしても見上げる格好になる。
どこか落ち着かないのか、ゼンがくぅーんと困ったような鳴き声を出した。
「リストラだ」
「は?」
「いや、厳密にいうとだな。彼女たちは新たな生活場所を目指してこの屋敷から旅立っていった。いうならばカルリエ領からの卒業だな」
「はぁ」
――自分でも曖昧過ぎる表現だと思った。
無論、アイリーンはまったく理解できていない様子で首を傾げている。身体は子供頭脳はオッサンのカインは少女の愛らしい仕草に内心身悶えした。
「納得いかないといった顔だな。ま、ぶっちゃけていうと彼女たちは嫁に出した」
「はぁ?」
想定とはまったく違ったことに意表を突かれたのか、アイリーンは呆けたような声で目を丸くした。
その態度を無礼と取ったのか、ゼンが忠犬よろしくウーッと唸ったが、いかんせん小柄なコボルト族なのでたいして迫力はない。
「いや、ゼン、いい。いちいち気にするな。アイリーンも公の場所じゃないから無礼講で構わないぞ」
「す、すみません、つい無作法な言葉遣いを……」
「わかりやすくいうと経費削減だな。グレースたち三十二名は本日限りで暇を遣わして王都の商人たちの下へと嫁入りしてもらった」
「そんな……」
「こんなことをメイドであるおまえにいうのは気が引けるんだが、腹を割って話す。いうまでもなく、たぶんわかっていたことだろうが、カルリエ領は破産寸前だ」
言葉もなくアイリーンは呆然としている。カインは気にせずに話を続けた。
「私の祖父であるレオポルドは自領でこそ名君で知られていたが、実質、カルリエ家は火の車だ。ザッと領地経営の書類を目にしたところ、ま、相当にヤバかった。だから、とりあえずの手始めとして彼女たち毎年莫大な化粧料を取っている彼女たちに退散願った次第というわけだ。おっと、ここまで聞いたからにはこれから仕事を手伝ってもらうから、おまえも共犯だぞ、アイリーン」
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