第10話「側室継承」

「あれはなんだ!」

「メイドです」


「そりゃ見ればわかるよ! なんでメイド如きの区画があのように立派かと聞いているんだ!」


「落ち着いてください、坊ちゃま。そもそもあのメイドも専用の別館も私風情が許可し用意したわけではございません。すべてはお館さまのご遺志でございます」


「――悪かったな。ちょっとだけ取り乱した。続けてくれ」


「そもそもあれらは坊ちゃまが屋敷の主となった際に受け継いだお館さまの財産のひとつに過ぎません」


「ちょっと待ってくれセバスチャン。おまえと話しているうちに私の耳の具合が特別に悪くなったような気がしてならないのだが。……なんだって?」


「あのメイドたち、もとい女たちはお館さまの側妾でございます。今となってはカルリエ家を継承される坊ちゃまのものでございますな」


「はぁ?」


「別段驚かれることもございますまい。お館さまはカルリエの地において生ける伝説の英雄。名君であらせられました。お館さまの徳を慕って領内のあらゆる階級から妾として、お館さまの貴重な血を受け継ぐために献上された娘たちは数知れず。もっともお館さまは立場上彼女たちを親元へ突っ返すわけにも参りません。下郎にも下郎のメンツというものがございますからな。領民たちの顔を潰さないために受け入れを続けた挙句があの数でございます」


「セバスはなにか忘れているようだが。そもそもが私は父上の代理に過ぎないのだぞ」


「ニコラさまはご病気が篤く、いってはなんですがもはや坊ちゃまのご兄弟を作ることはできないということを不肖、私も聞き及んでおります。ならば、カルリエ家直系の血を継ぐ惣領である坊ちゃまが彼女たちを有効利用すれば地下にいるお館さまもさぞお喜びになるであろうと……」


(なんてこった。そんな理屈なのか)


 貴族においては血の保存はもっとも重要視される。カルリエは古い家柄だが、直系である血族はロムレスの平均からしてずっと下回る。


 カイン本人ですら長兄を失った今、異母兄を除けば男子は存在しない。


「ところで、彼女たちは全員で何人だ。玄関で出迎えたのだがすべてじゃないだろ」


「八十七人でございます」

「……すまない。ちょっと考えをまとめたいのでひとりにしてくれないか」


「わかりました。私は夕食準備の差配がありますので仕事に戻らせていただきます。引き続き屋敷のことをお知りになりたいのであれば、お館さまがお目をかけていたメイドを呼びますのでお尋ねください。では」


 セバスチャンはそれだけいうと風のような速さであっという間に消えていった。


「ボーっとしている場合じゃないな」


 カインは冷や汗をゼンが差し出したハンカチで拭うと応接間に戻った。


「五十億ポンドルだと? カルリエ領は破綻しかかってるんじゃなくて、もう破綻してるんじゃないか」


 ソファに深く腰かけて思いに浸る。


(そういえば破綻した夕張市の借金は三百五十億くらいだったっけか。こっちは五千億くらい? 規模が違い過ぎて比較する気にもならないな)


 カインは本格的に悩んだ。


 なぜなら、実際現地に着けばなんとなくいい解決方法が見つかるのではないかという希望的観測の下に行動していたからだ。


(これが世にいう他人任せな若者の心理というやつか)


 そもそもが頼りになるブレーンもいない。


 そばに控えるのは犬っぽい顔をした亜人の中年奴隷だけだ。


「若さま。ご夕食の時間でございますよ」


 しばらくするとゼンが扉を開けてひょこひょこと近づいて来た。


「うーん。わかった」

「ほ。気のない返事で。借金の額を聞いて怖気づいてらっしゃるんで?」


「五十億ポンドルだぞ。悪いけど私は生まれてこの方、そんな大金見たこともない」


「んー。けど、若さま。王都では一流の商人でそのくらいの銭を扱ってる者は少なくありませんぜ。なぁーに、腹でも一杯にしてぐっすり眠れば明日にはよい知恵も沸きますって。大事なのは自分で敵を大きくしないことですよ」


「敵を大きくしない?」


「不安も弱気の虫も心の持ちようってことですよ。見てください、このあっしを。相場でケツの毛まで抜かれて奴隷にまで落ちやしたが、なんのまぁーだまだ。あっしはまったくなんもかも諦めちゃいやせんぜ。命さえありゃ幾らだってこの先勝負できると思っています。それに若さまは、カルリエ家の御曹司で年も若いし知恵も勇気もありやす。カルリエ家の借金を返すなんて造作もないことでございますよ」


「いってくれる。おまえにそこまでいわれて弱虫になっている場合じゃないな」


「でがしょ」


(よし、ここは一発夕メシをすこーんと胃に叩き込んで切り替えてくか!)


 ――ちなみに夕食は数十人からなるメイドに給仕されてカインはロクに喉も通らず味もわからない次第であった。


「なんだってメシ時まであそこまで注視されにゃならないんだ」


 夕食後、身体を湯で清めて後、ようやく就寝の時間となった。


 カインにあてがわれた部屋は、生前祖父レオポルドが使っていたそのままだった。


「しっかし、このフリフリはなんとかならなかったのか……」


 寝巻に着替えたものの、貴族用のそれは異様に華美な装飾が施されこの世界の貴族様式に慣れていたカインもさすがに苦笑いするしかない。


 ――田舎に行くほどコケ脅し的になにもかもが過剰になるのか。


 まるで深窓の令嬢が着るような少女趣味としか思えない寝巻にカインは激しく閉口したがセバスチャンにジッと睨まれるとなにがなんでも嫌だとワガママを通す気にもなれなかった。


「ま、いいか。あとは寝るだけだな」


 ポフッとベッドにダイブして手足をグッと伸ばした。一気に十人くらいが横になれそうな超キングサイズである。たたでさえ小柄な少年のカインはシーツの波に漂いながら、自分は夕食の皿に乗っていた麦粒のように思えてならなかった。


(デカい天井だ。なんもかもがビックサイズだな。うう、寒っ)


 部屋が広いということはそれだけ暖気が込めにくいということだ。王都よりもはるかに気温が低いカルリエの地では寒さが骨身に染みた。


 眼を瞑ってウトウトしていると次第に意識がとろけてぼんやりしてゆく。


(おや)


 きい、とかすかに扉が動くような音がした。


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