第9話「道楽の結果」

「五十億ポンドルって……なにをどうしたらそこまでの借財を作れるんだ」


 カインが絶望に満ちたため息を吐くとセバスチャンは眉間にシワを寄せた。


「思い返せば、幾星霜。お館さまは戦には抜群の才がありましたが、銭勘定は不得手でございました」


 セバスチャンは硬い表情のままどこか遠くを見る目で語り出す。


 無論、この場で彼がお館さまと慕うのはカインの祖父レオポルドにほかならない。

「ちょっと待ってくれ。お爺さまは王都でも善政で知られる名君だった。若輩ながら私でもその評判は聞き及んでいる。どうしてこれほど壊滅的に借金塗れなのだ」


「その善政のためでございます」

「は?」


「お館さまはいくさに強い騎士でございました。そのため、ひとたび王より召集があらば誰よりも真っ先に馳せ参じ、反逆者や蛮族を徹底的に討ち滅ぼしました。そのためには、心ならずも戦略上罪もない敵支配地の領民を手に欠けることが度々あったと、お館さまから聞きました。そのせいあってか、お館さまは自領の民を我が子のように慈しみ、不作の年には無税にし、飢饉のときには蔵を開いて炊き出しを行い、親を失った孤児たちのために幾つも僧院を建立し、寄付金を惜しげもなく出しました」


(マジかよ。確かに税を取らない領主ほど民衆にとって都合のよい存在はない)


「お館さまは他国にも知られた仁君であり領内の商人たちから足りぬ金を借りることは難しくありませんでした」


「それで積もりに積もってここまで来てしまったと」

「それだけではございません」


 ――なぬ?


「坊ちゃまのお父君、つまりは現在のカルリエ家当主であるニコラさまが毎年毎年巨額の仕送りをお館さまに要求なされました。お館さまも、幼少期にニコラさまを放っておいた負い目もあってか、いわれるがままに王都における生活費を送り続けるうちに、負債はそれはもう雪ダルマ式に――」


「ちょっと待ってくれ。確かに王都はココに比べれば物入りだが――!」


 カインは話していて心当たりに気づき、サッと顔を蒼ざめた。


「セバス。も、もしかして父上のちょっとした趣味っていうのが、もしかして」


「そのもしかしてでございます」


 思い当たることがる。カインは父ニコラが趣味と称して美術品を買い集めていたのは知っていたが、それは常識の範囲内で行われているものであると思い込んでいた。


「ニコラさまは王都で古道具を購われますると飽きたものを次々とお館さまに寄贈なさっておりました。王都のお屋敷では飾っておくスペースも限りがあると仰られていましたので。ちなみに古道具蔵は、お屋敷の裏手にありますが、ご確認いたしますか」


「ご確認する」


 屋敷の裏手に移動する。そこには巨大な蔵が五つほど存在感を放っていた。


(不用品のためにこんなもん、建てるなんて。阿保か)


「つまりは、気前のいいお爺さまはことあるごとに無税や減税を行い、そうしてわずかばかり残った資産を私の父上は食い潰すだけでは飽き足りず、あちこちに借財を作ったと」


「そういう見方もございますが」


(そういう見方しかできないじゃないか!)


「ところでひとつ気になっていたんだが。最初に私を出迎えてくれたやけに見目麗しいレディたちはどういった存在なんだ。と、冗談でもこの屋敷で使っている小間使いであるなどといってくれるなよ」


「口でお聞かせするよりも坊ちゃまは現実をお目にしたほうがよろしゅうございますな」


「まぁね」


 再びセバスチャンに連れられてカインは場所移動。

 屋敷の西に延びる一角は、そこだけ造作の雰囲気が華やいでいた。


 なんとはなしに和らいでいるのだ。

 装飾ひとつとっても武骨な母屋とは違い繊細で美しい。


 ――そう、まるでここは女子寮のような。


「なんだ、そんなところで足を止めて。案内をしてくれるんじゃなかったのか?」


「心苦しいですが、私はここから先には進めないのです。この屋敷でいかなる自由な振る舞いを許されているのは領主となられた坊ちゃまのみでございます」


「だから私は領主じゃなくて領主代行だといっているだろう。まあいい。自分の眼で確かめるとするよ」


 セバスチャンはスッとカインに向かって一礼すると、再びなんら感情を表すことのない顔つきでそこに佇立している。


「ゼン。というわけだ。ここから先は私しか進めないらしい。君はここでセバスといっしょに待っていてくれ」


「へい。若さまもお気をつけて」

「不吉なこというな。自分の屋敷を確かめるだけだ」


 苦笑しながら扉に手をかける。

 カインは目の前の扉をゆっくりと押し開いた。






 まず、最初に驚いたのは天井と壁の白さである。

 次いで足元。


 母屋よりも資金を注ぎ込まれているとしか思えないほど上等な絨毯が敷かれていた。


 絨毯の端に見える床の石に汚れはなく磨き抜かれている。


「はー」


 カインがあたりを仔細に眺めまわしていると、部屋から出ようとしていたメイドのひとりと目が合った。


 メイドはカインの顔を見るなりギョッとしてすぐさま扉を閉じた。


 がちょん、とご丁寧に錠前を下ろす音が聞こえる。


「なんなんだ。代理とはいえ私はこの家の主だぞ」


 逃げたメイドの部屋の前まで行く。

 どうやらここはリネン室のようだ。


 証拠に部屋の前の籠には真っ白なシーツが山のように積もっている。


 おそらくはキチンキチンと毎日ご丁寧に交換しているのだろう。


(この世界の衛生観念から考えれば奇跡に近いな)


 カインが住んでいた王都では下男下女たちは家畜小屋に隣接された建物で藁を敷いて寝ていた。


 それが週に一度も寝床の藁を代えればマシなほうである。さらに先に進むと開けた空間に出た。


 かなり余裕を持った大広間があって、テーブルにはお茶をしていたであろうメイドたちがカインの姿を見てかなり顕著な反応を示してくれた。


 きゃあ、と叫びながらパタパタと走り去ってゆく。


「おい、ちょっと待ってくれ」


 十数人の若い女性たちがあっという間に雲を霞と消え去った。


 ――この雰囲気はどこかで覚えがある。


 労働とはまったくもって無関係である優雅な姿に小間使いには不必要な余裕と美しさ。


(そうだ。これは娼館だ)


 カインはくるりと踵を返すと当初の予定通りの子細な見分はせずにそそくさとその場を立ち去った。


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