第6話「偽装作戦」

 トロトロと二、三時間は眠っただろうか。

 寒さのあまり身震いすると寝返りを打つ。

 背中に視線を感じ跳び起きる。


「だ、誰だ?」


 カインの目の前には地元農民の子供がふたりほど不思議そうにカインの顔を穴が開くんじゃないかと思うくらい熱心に見つめていた。


 沈黙したまま睨み合っていると、カインと同年齢くらいの少年が話しかけてきた。


「おまえこそ誰だべ。ここはオラとこの庭だぞ」

「は、庭? 悪い、失礼する」


 ズルズルと洞から出る。


 少年の手を握っていた四、五歳くらいの少女がビクッと身体を震わせた。


「大丈夫大丈夫だ。私はなにもしないから。危険はない。ところで少年よ、ひとつ提案があるのだが。私と君の服を交換しないか?」


 カインの提案はすぐさま受け入れられた。


「えへへ。オラに似合うだべか」

「兄さ、カッコいい」


 カインは少年の野良着を受け取るとすぐさま着替えた。


 少年は少年でカインの上等な服を着て至極喜んでいる。


(許せ。こんな服着て歩いてたら襲ってくださいといってるようなもんだ)


 幸か不幸かカインの髪も顔も昨夜の逃走劇でイイ感じに汚れている。


「そうだ。君、靴も交換してくれたまえ。ホラ、これが私のだ」


「ええ、いいんだべか。オラ、こんな上等な靴履いたことねぇべ!」


「君の靴をだな……ええい、寄越したまえ」


 偶然にもカインと少年の服も靴もサイズがピッタリだった。


(コイツを天啓と思えばいいか)


「それじゃあな少年。その服と靴の出所を親御さんに聞かれたら森で出会った妖精にプレゼントされましたといえば咎められることはないだろう」


 純粋無垢な少年に与太を吹き込むとカインは移動を開始する。


 森を抜けると名も知らぬ農村のこれまた細く頼りなさげな道に出た。


「これだけみすぼらしきゃ偽装はカンペキだ。我ながら自分の才能が怖い。ふわあ、なんか安心したら眠くなってきたな」


 道から外れて草のぼうぼう生えた土手に横になる。

 ここならばならず者から発見しにくいはずだ。


(安全は確保した。顔も泥で汚れてるし。土地には溶け込めてるよな。ちょっと寝たら、カルリエ屋敷の位置を確かめてから、行動だな……)


「こーら。こんなところでなにをやってるの」

「んぎゃっ」


 安心しきったところで不意に声をかけられカインは飛び上がった。


 同時にバランスを崩して土手の下のほうまでコロコロと転がった。


「ちょっと! 怪我はない?」

「あいたー」


 幸いにも下が土なので大事はなかったが、畑に頭から突っ込んでカインはさすがに泣きそうになった。


「あはは、ごめんごめん。でもあなたがそんなところでサボってるのが悪いんだからね」


 顔を上げる。


 そこには目を見張るような美しい赤毛の少女がいた。

 身体年齢が十歳のカインよりも、五、六歳は年上だろう。


(もっとも未だ西洋人の年齢はパッと見よくわからんが)


 一五、六歳程度に見える少女はメイドの格好をしていた。


 このような農村には不釣り合いなほど上等な布地を使ったお仕着せだ。


 黒という色はモロに素材の程度がわかる。


 日焼けひとつない顔や手の白さを見れば、そこいらあたりで使われている下女ではなさそうだ。


「本当にゴメンね。村の子が手伝いサボっていると思い込んでたから」


 手を引かれて土手の上に戻った。

 カインより頭ひとつ半ほど背が高い。


 握ったときに分かったが、農民ならば当然のようにある手荒れがほとんどなかった。つまりは、ほとんど作業を行わない上流階級に位置する人間の手だ。


(ううむ。それに王都でもこれほどの美少女とお目にかかるのは難しい)


「ね、どうしたの? どこか痛い?」


(ちょっと待った。おれは女漁りにここまで来たわけじゃない。基本に立ち返るんだ)


「いや、特に問題はありません。あんな場所で寝ていた私が悪いのですから」


「ぷっ。なにその話し方。気取っちゃって。あ、もしかしてアンタって親がカルリエ屋敷で働いているとか」


 屈託なくコロコロと笑う。


「このあたりの子じゃないよね。見たことないし。どこから来たの?」


「ちょ、ちょっと。やめてください」


 少女は面白がってカインの頬を指先でつつく。


「カルリエ館というのはここのご領主の屋敷ですか?」


「うん。わたしはお館で働いているんだ。今日はご用のついでに実家の近くまで来たから寄っただけなんだ。あ、そうだ!」


 少女はハンカチを取り出すとカインの顔についた汚れを綺麗に拭ってくれた。


 ほわっ、と独特の甘いような香りが漂いカインはしばし陶然となった。


「ん。これでよし。けど、あなたすっごく綺麗な顔してるね」


「……カルリエ屋敷までの道を教えていただけないか」


「もしかしてお屋敷にご用なの? だったらさ、一緒に行かない? 屋敷の馬車があるから送ってってあげよっか」


 農道の先にあるやや大きめの百姓家の前に不釣り合いな馬車が停まっていた。


 カインが王都から乗ってきたものと遜色のないレベルのものだ。


 馬も車体もピカピカに磨き上げられて光っている。


 御者が立ったまま煙管を退屈そうに吹かしているのが見えた。


(見たところ護衛の姿が見えない。万が一を考えて、このまま村人に成りすまして目立たぬよう移動したほうがいいかもしれない)


 ――とカインが考えたのは、万が一昨晩自分たちを襲った野盗がすでに相当追い詰められていて、領主だろうがなんだろうが構わないと思いつめているならば、下手に権威を誇示した護衛のいない馬車に乗るのは危険であると断じたからだった。


「ねぇー、ウチに来なよ。お屋敷のあまーいお菓子もお茶もあるよ」


(茶、菓子! そういや、ずっとなにも食べてないな)


「そ、それじゃあ、ちょっとだけ……」


 いいかけたカインの脳裏に自分を守って戦った騎士たちやゼンの顔が横切った。


「いえ、やっぱり先を急ぐので場所だけ教えてください」


「そう? 残念ね」


 聞けばカルリエ屋敷はこの村から山をひとつ超えた場所だという。徒歩でも今から急げば夕方にはたどり着くだろう。


 額に汗を浮かせながらなるべく山道から離れた木々を縫って山越えをする。


(やっぱ休憩してからにすればよかったかな)


 雑念を無理やり振り切るカインであった。






 怒涛の山越え編を覚悟していたカルリエであったが、追いついて来たガーランドとゼンによってあっさりと峠で発見された。


「心配いたしましたよ若さま!」


 ゼンがくぅーんと鳴きながら鼻のあたりを頻りに舐めて来る。


 コボルト族の習性だそうだが、いくら見た目がウェルシュテリアそのものであっても中身が中年のオッサンだと精神的にキツい。


(なんだろう。この凌辱されてる気分は)


「うん、なんかいろいろ悪かったな」


 ポフポフと頭を撫でる。


 聞けば野盗のほとんどはガーランドと騎士たちが素早く親玉の首を上げた時点で潰走状態に陥ったらしい。


「いやはや、久々にいい運動になりましたな!」


 呵々大笑するガーランドの鎧には広範囲に渡って黒く固まった返り血の跡が残っている。


(そういやこの世界の騎士は野盗とたいして変わらん脳筋軍団だったな)


「奇襲には驚きましたが所詮は喰い詰め者の農民どもです。カインさまがおそばにおられれば、我らが雄姿をとくとご覧いただけたのですがなあ!」


 馬車の中でこれでもかとガーランドが自慢げに武勇伝を語る。


「そういえばその包みは?」

「ああ、敵の主だった頭目どもの首ですよ」


 貰い物の野菜を見せるかのようにガーランドは袋を開くと車内に生首をゴロゴロと転がした。


 カインは吐き気をこらえるのが精一杯だった。


「わかったからもう仕舞ってくれ」


「おや? ご覧にならない? コイツの首なんぞは傑作ですのに」


(にしても敵は雲霞の如くいたってのに。やはり鍛え抜いた騎士と農民じゃ勝負にならないのか)


 カインの疲労も見越して一行は山越えを終えると、屋敷に入る前に麓の長者の家で一泊した。


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