第3話「家族会議」

「カルリエの坊ちゃま」

「ランドルフか」


 そんなカインを呼び止めたのは恰幅のよい青年だった。


「どうしたんだい。王都で有数の塩商人が油を売ってちゃダメじゃないか」


「これは手厳しい。ちょうど配達が終わったところですよ」


 このランドルフという男、青年と称したがすでに三十を超えている。


 カインの日本人的な考えでは三十そこそこではギリギリ青年だと通せる年齢であったがロムレスでは立派に中年の領域であった。


「そろそろ嫁を貰えばいいじゃないか。じゃなければいつまで経っても親父殿からひよこ扱いされるままじゃないのか?」


「いやあ、いい人がいればいつでも貰いたいのですがね」


 ランドルフは王家御用達の塩商人だけあって家柄も立派で容貌だって悪くはないが、不思議と未婚のままであった。


 この理由はカインも知っている。


 彼ら王都の男は女性に対する点数が異様なまでに辛いのだ。


 ランドルフをはじめとする商工ギルドの若手独身者たちの理想をまとめると。


 容姿端麗な上に気性がおとなしく、夫のうしろを三歩遅れてついてくる――。


(今日びそんな女性は存在しません)


 要するに両者が妥協しない限り結婚は成立しないものだ。


 カインはことあるごとに、やんわりとそれをランドルフたちに伝えるのだが、啓蒙は上手くいっていないご様子である。


(ロムレス人が月に到達するが早いか、それともランドルフの嫁取りが先か)


 そのあとは商工ギルドで若い商人たちと駄弁って適当に時間を潰した。


 ――そんな顔のないある日の夕刻。


 カインは病床のニコラに呼び出されおずおずと扉を開いた。

 

「お呼びでしょうか父上」

「おう。ようやく来たか、我が愛する息子カインよ」


(医者がいうように今朝はずいぶんと具合がよかったみたいだけど)


 ニコラのそばには母であるルイーズがニコニコしながら座っていた。


 経験上からいってルイーズの機嫌が極端によかったときは、逆に危ない。


 彼女は上級貴族の家柄からか上手く自分の感情を隠すことができずに、カインが幼いころはやたらとニコラの放蕩に対してヒステリックであった。


 のちに助言する侍女でもいたのだろうか、ルイーズはなにかやましいことを隠しているときは慈母のように噓臭く微笑むようになっていた。


「な、なんですか母上。もしかしてまた私を以前みたくハメようとなさっているのではないですよね」


「……カインよ。かつての王女とのことをまだいうか。ワシはよかれと思って縁談を進めたのだ。父母のやることはすべて子の幸せを願う一点しかない」


「……」


(嘘つけ。ただの政略結婚だろ。じゃなきゃなんであんなミシュランマンみたいな娘に婿入りせねばならんのだ)


 二年ほど前、カインはロムレス王室に連なるさる王女に求婚され、権力欲と金に目が眩んだ両親に売られそうになった経験があった。


 経験がカインを成長させたのだ。


「もう。そちも結構その気だったくせにィ」

「私は父上のいってることがわりません」


「ポムネット姫に好かれて満更でもなかった?」

「せめて人類と婚姻させてください」


 ――姫はトドだった。


 訂正する。


 ――トドのほうがマシだった。


 そのくらいの肥満児だった。 


「母上もニヤニヤしないでくださいっ。あのときと同じ笑い方じゃないですかッ。そんなに私が憎いのですか?」


「そ、そんなことあるはずがないではありませんか。カイン、私はいつでもあなたの幸福を願っていますの本当ですのよ嘘じゃありませんわ信じて」


 ――だが、当時ルイーズは王都でも有名な劇団の俳優に入れあげており金が必要だったことをカインは知っている。


 親子とはいえ気が抜けないのが貴族というものだった。


「まあ、もう終わったことは置いておくとして――だ」

「すんなり流さないでください父上」


「意外としつこいの。そういところはルイーズそっくり、ん、んんっ。とにかくだ。カインよ。おまえに大事な話があったのは真実だ」


 ニコラがついとルイーズにつき従う侍女頭のペリーヌに目配せした。


 ペリーヌはこくりと小さく頷くと、そそくさとベッドを離れてカーテンの中に隠れた。


「いや、ワシは重大な話だから席をはずせという意味だったのだが」


「大丈夫ですニコラさま。ここならわたしの姿は隠れますから」


「い、いやね? ワシはそういことをいっているんじゃなくて、病室から出てけといったのだが」


「そんな。わたしはルイーズさまと一心同体。となれば、もはや家族も同然?」


「出て行きなさいペリーヌ」

「は」


 ルイーズの言葉には整然と従う。

 カインはニコラの額に青筋が浮いたのを目撃した。


(めっちゃ舐められてますなぁ。しかもメイド如きに)


 屋敷の家政が乱れている証拠であった。


「――ぬ、ぬう。どいつもこいつもワシを軽んじおって。では、話を戻すぞ。カインよ、ワシは不幸にも病魔に身体を蝕まれておる。よって、王都を離れるわけにはいかん。今さら説明する必要もあるまいが、父上がお亡くなりになってから、どうも領地から王都まで税が届くのが滞りがちになっておる。そこでだ。ワシの代わりにカイン、お主がカルリエ領に戻り、領主代行として領地の面倒をしかと見て欲しいのだ」


「え、えぇえー」

「なんじゃ、その嫌そうな声は」


(イヤに決まってるだろボケ)


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