三話 そのオカマ、曲者につき
部屋の屋根が割れたかと思うと、囲んでいた壁は地面に吸い込まれていき、代わりに現れたのは渓谷近くの草原であった。
『さあ、もう出れますよ』
「アリス!」
エルピースは歩き出そうとしたアリスの手を慌てて掴んだ。
「約束守るか見届ける為に私もあなたに着いて行く!」
「はあ?」
腕にしがみつかれて、アリスは何とも渋い顔でエルピースを見下ろした。
「アンタ馬鹿ね、約束は守ってあげるわよ。分かったらさっさとあいつみたいに逃げなさい」
言われ振り返ると、レイブンが別れも言わず走り去る姿があった。
「あ、レイブン!!」
しかし声かけも虚しく直ぐにその姿は渓谷へと消えてしまった。
「またアイツを見つけるのに骨が折れそうだわ……」
「逃げ足早すぎない? ていうかちょっとくらい余韻とか無いのか!」
エルピースは頬を膨らます。
『大丈夫よエルピース、彼はシュヴェルトライテを連れているから私を通して連絡を取ろうと思えばすぐに連絡が取れるし、何なら何処に居るかも探知出来るわ』
「え? 本当!?」
エルピースは純粋に喜んだ、しかしその横でアリスの目がキラリと光る。
「エルピースちゃん」
猫撫で声であった。アリスの腕を掴んでいたエルピースはその声にぞわりとして急いでその手を離す。
「まぁまぁまぁ」
しかし、その手を逆にアリスに掴まれてしまった。
無言で見つめ合う。
エルピースは手を振り払おうと振ってみたが、離れなかった。
「……何でしょう」
「あなたの身柄は今から私が拘束します」
『何ですって!? 許さないわよ!!』
ホークは片翼をバタバタと羽ばたかせる。アリスは一瞬それに身構えたが、草原に爽やかなそよ風が吹く他に何かが起こることはなかった。
「あなた、あの部屋は動かせても大した力はないようね?」
アリスの言葉にホークは無言でそっぽを向いた。
『馬鹿にしないで頂戴! エルピース!』
と、今度はシュウが大剣に変化したようにホークの体が発光する。
そしてその体を包む光が消え、現れたその姿は。
「……ん?」
アリスはエルピースの頭の上に出現したそれを摘み上げた。
『何をする! 触るなオカマ!』
「これって……?」
アリスはそれをエルピースに渡してやった。しかし四つ穴が開いているそれが一体何なのか、エルピースにも全く分からない。
『指にはめて、それで殴れば破壊力抜群よ!』
それを聞いた瞬間、アリスは激しく吹き出すと腹を抱えて笑い出した。
『なんて失礼な男! エルピース、やっちゃいなさい!』
「えぇ? 私暴力は苦手だよぉ」
気は進まなかったが、エルピースはそれを手にはめてみた。ゴツゴツして何だか変な感じだ。
殴る、などと人生で一度もしたことがないエルピースは、とりあえず座り込んで近くにあった石をコツンと叩いてみせた。するとその石がパカリと割れる。
それを見て、あまりのしょぼさにアリスは更に大笑いを続ける。
「ホーク、もうやめよ。とりあえず私この人に着いて行くよ」
『エルピース!』
「いいのいいの、ブリュンヒルデにも会えるかもしれないしさ、ホークも居ればきっと大丈夫だよ!」
ホークの武器形態が淡い光に包まれ元の鳥の姿に戻る。そんなホークをエルピースは撫ぜてやってから、いまだ腹を抱えて笑っているアリスの前へと歩み寄り、「行きましょう」と手を出した。
「はいはい、では街の駐在所へ向かいましょう。あの兄妹も捕まってればそこに居るわよ」
「捕まってなきゃいいけど……」
「でも、あの子ら何だか訳ありの様子だったわねぇ」
アリスは言いながらエルピースの手と自分の手を何やら見たことが無い鉄製の枷で繋ぎ、鍵をかけた。
「ん?」
「これで駐在所までずっと一緒よ」
アリスはバチコンと言わんばかりにウインクをした。
エルピースはいちいち反応するのも疲れたのか何も言わず街へ向かって歩き出した。
「ちょっとちょっと! 待ちなさいよ」
「あ、そう言えば街に直通の橋は私が壊しちゃったんでした……」
「えぇ? じゃあちょっと面倒だけどモース・ケイブを通って行こうかしら。マーレ大橋はここからちょっと遠いしねぇ」
そんな話をしながら二人が立ち去った背後で、静かにピシリと地面にヒビが入る。そしてすっかり二人の背中が遠くなった頃、そのヒビは音を立てて更に大きな亀裂を大地に穿ちた。
それは、先程エルピースが小石を割った地面だった。
しかし背後で起こったそんなことに気付く訳もなく、エルピース達は徒歩で街へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます