思い出を運ぶ煙

春風月葉

思い出を運ぶ煙

 世間でもタバコは良くないものだという認知が当たり前のものとなり、それらを減らそうとする動きが生まれてからもうしばらくが経つ。

 煙や臭いを嫌う人も多く、実際に害もあるため、私にもタバコが良いものでないことは否定ができない。

 しかし、私にとってタバコは特別なものでもあるのだった。

 それは優しかった亡き祖父を思い出す鍵、タバコの匂いはもう会えぬ祖父の匂いに似ていて、煙を吐きながら笑う祖父の顔を私に思い出させてくれる。

 幼かった私にはタバコなどわかるはずもなく、いつものその匂いが祖父のものであると思っていた。

 祖父は決して私の前ではタバコを吸わなかったため、祖父の匂いがタバコの匂いであったことを知ったのは祖父が亡くなった頃、丁度私が小学校に進学する頃のことだった。

 今、私はタバコを吸わない。

 世間からタバコが減っていく程に祖父の匂いは薄くなっていくのだろう。

 私は胸のポケットから一つの空箱を取り出した。

 古い銘柄の書かれた空箱には祖父との思い出が詰まっているような気がした。

 誰かの吐き出した煙がタバコの匂いを運び、それはすうっと消えてしまう。

 手を伸ばしても掴めない煙は幼き日々の懐かしい記憶のようだった。

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思い出を運ぶ煙 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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