第2話「食材が無いなら植えればよいのですわ」

 スナップエンドウ(以下エンドウ)の種を植えるため、資材を揃えていく。

 ホームセンターで以下のものを購入した。


  ・25穴の育苗トレー:10枚セットをひと組

  ・育苗用の土   :5kg入りをひと袋


 育苗トレーのそれぞれの穴に、育苗用の土を満たす。

 土の表面をツライチに均すと、素人仕事でもそれなりに格好が付いた。


 土の表面に、人差し指で穴を掘っていく。

 トレーの穴が5cm程の深さなので、3cmくらいの深さの穴を作り続ける。

 樹脂製の手袋を着けて、人差し指を土の中に差し込むだけだ。

 土をかき分けるように、押し付けないように。

 どういう力加減でどの深さまで掘ればよいのかを、体で覚えてみる。


 キッチンはさみの先とか差し込むのもいいかな…という発想が浮かぶのがよい。

 行動し、経験から改良案を捻出、以後の行動を改良していくのは大切なことだ。

 行き当たりばったりでは、行き詰るか、作業が嫌になるか。

 もしくはその両方の沼に、はまり込んでしまうかもしれないから。


 行き当たりでこの文章を書いている点については突っ込まないで欲しい。

 推敲とか改良案の捻出だから。

 校正とか行動の改良だから。

 細かいことはいいんだよ。

 人間そんなものだ。


 全ての穴を掘り終えたところで、種を植える作業に移った。

 大きく品種名の書かれた種の袋を振ってみると、ざかざかっと音がする。

 洋式の封筒にも満たないサイズの袋。

 なのに、なかなかどうして、いい感じの大きさの粒がいい感じの数で入っている。

 数百円でこれだけの種が入っているとは、どういう気前の良さだろうか。

 そういう誰かがこの種を作ってくれたから、俺が植えることができるのだ。

 見も知らぬ他人に感謝しながら、しかし俺は同時に別のことも考えていた。


 こんなに植えたら、いざ生ったときに、どれだけの倍率が掛るのだろう。

 倍率分のエンドウを懸命に食べている姿を想像すると、幸せを先取りできる。

 なにせあれだけの美味しさだ、手間を掛ける価値はある。

 そして手間を掛けた分、美味しいに決まっているのだよふふふ。


 荘厳な考えと、そして極めて世俗的な考えが交差する。

 達観した気分でいる俗物というのは我ながら、なかなか面倒くさいものだった。


 袋から取り出した種を、トレーの穴にひとつづつ植えていく。

 植えたら、穴を土で埋めなおす。

 手つきはたどたどしいものの、ここまでは大きなミスはない。

 もちろんプロに言わせれば突っ込みどころ満載だろうが。


 それにしてもやるじゃないか俺。

 なぜ今までやらなかった俺。


 さて水やりだ。

 トレーの底には、穴ごとにそれぞれ水抜き用の排水口が設けられている。

 余剰の水分がトレーに残留してしまう心配はなさそうだ。

 じょうろでさああっと水を撒いてやると土が湿り、いよいよ園芸っぽい雰囲気。

 こういうところを接写してSNSとかにアップすると映えるのかね。

 以降考えようか、世の中に何か発信もしてみたいし。

 育苗は世界を…いやまず俺を救うんだよ、主に食材確保の意味で。


 納屋の片隅。

 屋内ではあるが、調光用の窓から差し込む日光が良く当たる場所。

 とりあえず、そういう場所に置いてみて、発芽待ちである。

 極めて適当だが、素人のおっさんだ、他に何が出来るわけでもない。

 ともあれ、芽が出るのを待とうじゃないか。


 ノンアルコールビールの缶。

 ステイオンのタブを押し込むと、カシュッと小気味よい音が納屋に響いた。

 キンキンに冷えた缶を掴んで、炭酸はじける液体を、ぐいぐいと干してやる。

 ひと仕事終えた充実感も加わって、ふた味違う爽快感だった。


 ひと息つくと、静寂がそっと訪れてくれた。


 昨日まで土いじりのひとつもしてこなかった人間が、いきなり育苗である。

 しかし、微妙に心地よいのはなぜだろう。

 生産性、効率、時間あたり、責任、言葉遣い、人間関係どうのこうの。

 そういう言葉から、一瞬ではあるが離れられたからか。

 事業としてならそういうのんきなことは言えないが、あくまで趣味の範囲内。

 達成感や解放感を噛みしめるのが、だいご味って物だからね。


 さて作業を始めたからには、後片付けが発生する。

 そして辺りを片付け始めた時に、現状を再認識した。

 数枚買ってきたトレーが、それこそ数枚、余ってしまっている。

 土もまだまだ残っていて。


 うんまあ、杓子定規にきっちり計量して購入ってわけじゃないからな…。

 作業進行が円滑になるように、ある程度の余裕を見て…購入して…。

 作業自体はつつがなく完了したから、それはそれでよかったんだが…。


 どうするよ、この残存資材…。

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