公園の支配者-改

紫光なる輝きの幸せを

公園の支配者

 あれは三年前のことだった。

 住んでいるアパートの隣の部屋に一つ上のまさに中ニ病の中二のねーちゃんが住んでいた。

 可愛い顔をしたショートカットのねーちゃんが引っ越してきた時は普通の人かと思った。

 けれど、その日のうちに近くの公園でねーちゃんはやらかしたのだ。

 滑り台の上――登りきれなくて何度か下まで滑り落ちてた――で、セーラー服の腰に両手を当てて

「今日はみんなに話したいことがあります!!」

 と叫んだ。

 当然、引っ越してきたばっかりの知らない女子中学生の話なんて誰も聞くはずもなく公園にいる子連れのお母さんも小学生くらいの子達も無視。

「おねーちゃん、ぱんつ見えてるよ」

 違った。小学生くらいの女の子が注意してあげていたっけ。

 なんで僕が知っているかというと、その時はたまたま通りかかっただけ。家に帰るのにその公園は通り道だったから。

お隣さんだと知ったのはその後。

「今日はみんなに話したいことがあります!!」

 スカートの裾を押さえてねーちゃんは、もう一回叫んだ、けど変わらずみんな無視。

「俺様は、他の星から地球を侵略に来たのだ!」

 丁寧語だと聞いてもらえないと思ったのか、ねーちゃんは口調を変えてとんでもないことを叫び始めた。

「私の壮大な世界征服計画を教えてやろう! 最初にこの公園を支配します!!」

 また口調が変わった。安定してない。

 結局、おまわりさんが呼ばれて怒られて、ねーちゃんはしょんぼりしてアパートに帰って行った。

 

 でも、ねーちゃんは諦めてなかった。

 翌日も滑り台の上に立って

「おねーちゃん、ぱんつ見えてるよ」

 と、やっぱり小学生の女の子に注意されていた。

 同じ中学校だから真面目に登校は、している。

学校が終わってから走って帰って、わざわざこの公園に来てるんだ。

 なんで僕が知っているかというと

「見える? ねぇ、下からパンツ見えちゃうの? ほんとなの手下一号?!」

 そう手下一号。

隣に住んでいて顔見知りだから手下認定されて、良く分からないけど――多分、僕の方が背が低かったのもある――ねーちゃんと呼ぶ事を許された。

まあ、僕としては割りとどうでも良かったから、その通りにした。

あと面白がった母さんからも、ねーちゃんが一人暮らしで大変だから助けるように言われたからと言うのもあったりする。

 でも大変なのは一人暮らしじゃなくて、ねーちゃんの頭の中だと僕は思うんだ。

「…見えるよ。今日は青のシマシマだよね」

「ぎゃー!!」

 なんてことを繰り返しているうちに、ねーちゃんは人気者――本人いわく公園の支配者――になった。

 何のことはない。

 ねーちゃんは優しい。それこそお人好しとしか言いようがないくらいに。

 転んだ子供がいれば、すぐに行って足を洗って消毒して絆創膏を貼ってアメをあげる。

 段差で困っているベビーカーがあれば飛んで行って持ち上げる。

 お年寄りには親切に。

 視界に入る困った人を見過ごしておけないんだ、ねーちゃんは。

 公園にいる優しい中学生の噂は広まって、小学生達の親まで顔を見に来て挨拶するようになった。

 もちろん支配者らしくしなきゃって時には無茶っぽいことも言う。

「うーん、急にシュークリーム食べたくなったから、買ってこい。もちろん手下一号、お前の金でだー」

 とか僕に命令するのだ。

 実際はお店に行くと、いつの間にかお金とメモがポケットに入っていて

「絶対に自分のおこづかいは使わないこと」

 可愛いねーちゃんの顔には似合わない汚い字と、その時に公園にいる人数が書いてある。人数はなぜかメモの裏面に書いてあることが多かった。

 買って帰れば帰ったで

「ばかものー! こんないっぱい買ってきてどーする。余っちゃうじゃないかぁ。もったいないぁ。食べ物は粗末にできないからぁ…よーし手下一号、責任を取ってみなさんにお配りしろ」

 と、僕のせいにしてみんなに配らせる。

でも、ほんとはねーちゃんが買っていることにみんな気付いていた。

 そりゃそうだよ。偶然多く買ってきたはずなのにみんなに配ってちょうど無くなるんだから。ねーちゃんは、ちょっと考えが足りないところがあった。


 そんな感じでみんなに好かれる公園の支配者の秘密を僕だけが知っていた。

 ねーちゃんは、夜中にアパートを抜け出しているのだ。

 僕の部屋は、ねーちゃんの部屋の隣だったからいつも出入りする音が聞こえてた。

 だから僕はいたずらを考えた。ねーちゃんが出て行ったら押入れに隠れて、帰って来たら出てって驚かす。

 予想どおりに無用心なねーちゃんは鍵をかけてなくて、作戦を実行した僕は押入れの中にいた。

 あとは、ねーちゃんが――帰って来た。

「不良! どこに――」

 押入れを飛び出した僕は誰もいない玄関を見て、あれ?っとなった。

「ぶっぶー、はっずれー。あっ、でも手下一号でも勝手に人の部屋に入っちゃダメだよ」

 後ろで何か青い光が……ゆっくり振り返ると、顔や腕や足に線が入って、そこから蒼く綺麗な光が漏れて、ねーちゃんが立っていた。

「ねっ、ねーちゃん、その身体……」

「ああ、これ? 生態改造受けててねー戦闘モードになると、なんて言うのかな“つぎめ”が出ちゃうんだよねぇ」

 頭の後ろに手を置いて、えへへとねーちゃんが笑う。

「ちょ、ちょっと待ってよ。生態改造とか戦闘モードって」

「はい、目を閉じてー」

 青い光が眩しいこともあって、僕は素直に目を閉じた。

「目を開けて、いいよー」

 暗いけれど暗くない。

周りを見回すと、アパートにいたはずなのにどことも分からない草原に、僕たちはいた。

 この明るさは、星々の光。電灯が無くても明るいことを都会っ子の僕は初めて知った。

「よいしょっと」

 身体から青い光の消えたねーちゃんが草むらに座った。ぺしぺしと横を叩く。座れってことなんだろうか。

「今から星を数えてみようかな? いーち、にーい」

 指差しながら星を数えるねーちゃんの横に座って、一緒に星を見ていると100くらいを数えて唐突に数えるのを止めた。

「手下一号は、星の光が昔のだって知ってる?」

「うん。あの光は、地球からの距離によっては何万年も前の光ってことでしょ」

「かしこいかしこい」

 にこにこしながら、ねーちゃんが僕の頭をなでる。

「いま数えてた星は、もう無い星。私が破壊したから。私の仕事は、この世界を破壊することだから」

「……ねーちゃん、なに言ってるの?」

 僕はまたおかしなことを言い出した眩しく蒼い光のねーちゃんを目を細めて見た。

「最初に公園で言ったでしょ。他の星から地球を侵略に来たって。地球の人って弱いから侵略でいいかなーって。だから公園から支配を始めたんだよ」

 立ち上がってスカートをばさばさして付いた草を落とすねーちゃん。

「でもねー。時々、他がちょっかい出してくるから、夜に退治に行くの。任務の邪魔だから。こーんな感じ」

 くるっとねーちゃんが回転すると周りの草むらでドスっと音がして、それから人が倒れるような音がした。

「ほら」

「うわっ!」

 笑顔のねーちゃんの手には、うねうねした黒い塊が乗っていた。

「はい、目を閉じてー」

 目を閉じて、開くとアパートのねーちゃんの部屋に戻っていた。

「今日のお話は内緒だからね。手下一号でも誰かに話したら罰ゲームだよ」

 ぽいっと部屋を追い出された。

 ねーちゃんは、中二病じゃなくて文字通りの本物なのかもしれなかった。



話の内容が本当かどうかは分からなかったけれど、ねーちゃんが本当に強いことだけは後になって分かった。

 僕が失敗したせいだ。

 公園で話しているから、そこは話していいのだと思って教室で他の星の人だとか侵略だとかの話を冗談交じりに話しているうちに生態改造の話までしてしまったのだ。

 最上級生の不良にねーちゃんが呼び出されたのを知ったのは放課後すぐだった。

 評判が悪いから近づかないようにしているから溜まり場は知ってた。

だから、僕はモップを持ってその場所に急いだ。

「身体に線があんだよなぁ。ちょーっと脱いで見せろよ」

 溜まり場に着いた時、ねーちゃんは不良たちに囲まれてスカートをつままれていた。

「ねっ、ねーちゃんに触るな!!」

 なけなしの勇気を振り絞って叫ぶ僕を見て、ねーちゃんは嬉しそうに笑った。

「手下一号に来てもらっちゃったからしょうがないなー。てやー」

 ねーちゃんは、ぐっとこぶしを握って――ぽかぽかと力の無いパンチで不良を叩く。

 なのに不良たちは、みんな急にぱったりと倒れてしまった。

「まさか、殺したの?!」

「えー、そんな野蛮なことしないよー。か弱い中学生なのに。行こ行こ」

 溜まり場を離れながら、ねーちゃんは何をしたのか話してくれる。

 ぽかぽか叩く振りをして小指で人体の急所を連続で突いたらしい。それで不良たちは悶絶して気を失っている…そうだ。

 自分のせいで迷惑をかけた僕は、ねーちゃんと一緒に帰りながらうつむく。

「ねーちゃん…僕……」

「初めてアパートに来た時にね。手下一号のお母さんがハンバーグを食べさせてくれたじゃない。なんにも聞かないで引越し祝いって。あれ、すっごく嬉しかった。その星の文化状況を知るのにあっちこっちに住んだけど、あんなふうにご飯を食べさせてくれた星なんて一度も無かった。こんな出会いなんて、もうキセキとしか言いようがないよ」

 振り返ったねーちゃんは僕の頭を撫でる。

「だから…この星は、もう少し生き延びてもいいと思うんだよね」

 嬉しそうにねーちゃんが笑う。

 それがねーちゃんを見た最後だった。


 翌日、一緒に学校に行こうと部屋の前で待っていると隣のおじさんが言った。

「隣の姉ちゃんなら、引っ越したぞ」

 ウソだ。昨日の夜に一緒にご飯を食べたのに。

鍵のかかっていない扉を開けると、部屋はなんにも無くて押入れに紙が一枚張ってあった。

「これが罰ゲームです。ねーちゃんは、母星に帰ります」

 誰かに話したら罰ゲームとねーちゃんは言った。

 失敗した僕は罰ゲームで……ねーちゃんを失った。

 いなくなって初めて僕は気付いた。

 僕はねーちゃんが好きだったんだって。

 頬に伝うものが、それを実感させた。



 そして、いま高校生になった僕はぐんと背が伸びで、覚えているねーちゃんの身長なんてとっくに追い越した。

バスケの部活で帰りが遅くなることが多くなった。

 引越していないから毎日あの公園を通って寂しい気持ちで滑り台を見上げる。

 部活の無い日、いつもより早い時間に公園を通りかかった僕は、

「おねーちゃん“たち”、ぱんつ見えてるよ」

 女の子の声に滑り台を見るとねーちゃんともう一人の金髪の綺麗な女の人が立っていた。

「おー手下一号! げんきー!」

「ねーちゃん、なんで?!」

 滑り台を立ったまま滑ろうとしたねーちゃんは、ひっくり返って後頭部をガンガン打ち付けながら滑り降り……落ちる。

かなり痛かったらしく、滑り降りてからもしばらく頭を押さえてうずくまっていた。

「あれ? 手が届かない」

 後頭部を押さえながら近寄ったねーちゃんは、三年前のように僕の頭を撫でようとして目の前でぴょんぴょん飛び跳ねる。

「ぐぬー、手下一号のくせにナマイキだぞー」

「はいはい」

 しゃがむと嬉しそうに笑ったねーちゃんは僕の頭を撫でた。

 それから三年前の通りに隣に戻ってきたねーちゃんの部屋に通された。

「この勝負、お前の負けだ! と、わたくしはとどめをさそうと」

 僕は、ねーちゃんと金髪の綺麗な女の人の身ぶり手ぶり付きの戦いの説明を受けていた。

「ところが、その瞬間、こいつの輝きが増してあり得ないパワーアップをしたのです」

「ふっふーん。これがキセキのチカラだ、と言った時のあなたの悔しそうな顔。ぷぷ」

 口元に手を当てて笑うねーちゃんを金髪の綺麗な女の人がにらんでいる。

「わたくしたちの能力は改造された時に決まっているのに、パワーアップなんて。そんなのズルですわ」

「あのー」

 僕は恐る恐る手を上げた。

「そもそも、どうして二人は戦うことになったんですか?」

「えっ、地球の破壊を賭けてだよ」

きょとんとした顔でねーちゃんが僕を見る。

「母星に帰ったのは破壊延長申請に行ったからだし」

「…正体がバレた罰ゲームじゃ」

「なんで? メモに、ちょっとしたら帰ってくるねーって書いてあったでしょ?」

 僕はいつも財布に持ち歩いていたねーちゃんのメモを出してみる。

 書いてあることは、何度見たって変わらない。

「ほら、そんなこと――あっ」

 メモに書かれた文章をねーちゃんに見せた僕は今更気が付いた。裏側。

『なーんて、うーそー。ちょっとしたら帰って来るねー』

 僕の後悔の三年間っていったい…

「てやっ!」

 急に部屋が赤くって蒼くなって、ガッキンと凄い音がした。

「不意打ちなんてしてもムダですよー、手下二号」

「なぜ、わたくしが二号なのですか?!」

「手下一号がいるから。あっ、二号なんだから一号にも逆らっちゃダメだから」

「むきー!」

 金髪金髪の綺麗な女の人――手下二号は怒って部屋を出て行ってしまった。

「…本当は勝てないはずだったんだ。でも負けたら手下一号に会えなくなっちゃうなって」

 ねーちゃんは、残していったメモを照れくさそうに指ですりすりする。

「みーちゃんにさっちゃんに雪ちゃん。いとちゃんといとちゃんママと――」

 結局、ねーちゃんは公園の知り合い全員の名前を挙げて僕をがっかりさせる。

「そしたら急に力が出て…えへへ、勝っちゃった。勝ち取った延長は三00年くらい。でも手下一号達や公園にいる人達が生きるには十分な時間だよね」

 自慢げに、そして嬉しそうにねーちゃんは笑った。


近所の公園には、支配者がいる。

「おねーちゃんたち、ぱんつ見えてるよ」

 今日もねーちゃんは滑り台に立って女の子達から注意されている。

 空白の三年間のねーちゃんは、病気で海外に行っていたことになっていた。

あの時に注意してくれた小学生達が同級生になっていて、ねーちゃんは毎日嬉しそうだ。

そんなねーちゃんを見て、ねーちゃんが帰って来て僕はとっても嬉しい。



とりあえず地球の平和は三〇〇年、保障されたらしい。

でも、僕には一つだけ心配なことがある。

もしかしたら……じゃなくて、いつか絶対『黄色』な人も来るはずだって――

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