第一章エピローグ ニコちゃんの戦いはこれからだ!




【英雄志望985:ここまでの総評。ヘラクレスにロックオンされたニコちゃんの明日はどっちだ】


【英雄志望986:嫌な事件だったね……】


【英雄志望987:デスゲーム界隈でトップランカーの一人ではないかと目される廃人少年が、デスゲームを攻略するのではなくされる……控えめに言って最の高じゃん! じゃん!】


【英雄志望988:申し訳ないが、いたいけな男の子が可哀想なことになるのはNG】


【英雄志望989:いた……いけ……?】


【英雄志望990:今はおんにゃのこなのでセーフ。ギリシア英雄的にはおとこのこでもセーフ】


【ニコちゃん:新スレを立てておきました。魔法の言葉『ニーコニーコりんっ☆』で検索すれば新スレに移れます。さておきそろそろ1000ですね。お願いがあれば聞いてあげないこともないですよ?】


【英雄志望992:ニーコニーコりんっ☆ 記念すべき一スレ目の幕引きに、我々『笑顔民』はイキってるニコちゃんへ貢ぎ物を捧げる所存っ!】


【ニコちゃん:笑顔民?】


【英雄志望994:イッチはニコちゃん。ニコ。ニコニコ。笑顔。笑顔なニコちゃんの子供たちがおれら。Q.E.D.証明終了】


【ニコちゃん:おそるべき子供たちですね分かりますん(震え声) というか住人のみなさん、私より年上な気がするのですけど??】


【英雄志望996:あなたの子よ。認知して(はーと)】


【英雄志望997:ママぁ! おれら有志が材料を集め、夜なべして作った品を受け取ってくれぇぇ! 投げ銭ならぬ投げ品だぁぁ!】


【ニコちゃん:あ、コンソールのアイテムボックスに贈答品がっ! うわぁ、ありがとうございます。大事に使いますね!】


【英雄志望999:ママ呼びガンスルーされてんの草】


【英雄志望1000:お願いはまた今度、ね。フフフ……】




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 イリオンの都市ポリス市民は、自らを責め苛む病が癒えた時、意志持つ天災の別名、神罰の終わりを悟った。

 事の起こりは太陽神と海神の怒り。両者が結託して下した罰こそが、このイリオンに沈黙を強いた元凶である。

 太陽神は海神に事の決着を預けた。その太陽神の蔓延させた疫病が治癒されたということは、即ち、海神の神罰を代行する巨獣が滅ぼされたということ。

 故にある少女がイリオンに凱旋した時、彼らは一人の英雄が新たに出現したのだと、誰に言われるでもなく勘づいたのだ。


「お、おい……あの娘……」

「ああ……とんでもねえベッピンだが、見た目に騙されんなよ。ありゃあ英雄バケモンだ」

「あんな女の子が海神様の神罰を、ねぇ……くわばらくわばら」

半神デミ・ゴッドなんだろう。それかあの娘を気に入った神様にでも贔屓されてるんだろうさ。でなけりゃあ人間が、神罰を退けられたりなんかするもんか」

「おいやめろ、聞かれたら面倒なことになっちまうかもしれねえだろ」


 都市の大通り。神罰の時が終わり、市民たちが賑わっていたそこを少女が往く。


 彼女に気づいたイリオンの市民は、みな一様に口を噤み沈黙を選んだ。

 少女が『普通』ではなかったからだ。奇抜な衣装と見慣れぬ武装、群を抜く美貌と傑出した生気。一目見ただけで並みの人物ではないと知れて、市民は彼女が神罰の獣マレハーダを討ち果たした者だと直感した。

 獣はおろか虫も殺せそうにない小娘である。しかしその、いかにも人畜無害そうな外見で侮る愚か者は、彼女を直接目にした者の中には一人もいない。

 特別な力を帯びる刀剣、呼吸と共に発される膨大な生気、人智の極限と言える美貌。どれを取っても、彼女がただの『か弱い乙女』であることを否定している。

 数多の英雄や怪物、精霊をはじめとする神々の君臨する世界で、秀でた力を持たない人々は自分たちと違うモノを嗅ぎ取る嗅覚を有していた。それがなければ対岸の火事であるべき『英雄譚』に巻き込まれ、物語を彩る背景として死んでしまうことを、力を持たない人々は経験則として知っているのだ。


 故に市民は沈黙するのである。敏感に、剣呑な空気を察知してもいたから。


 彼らは弱い。しかし愚かではない。本当なら英雄の凱旋と称し、歓呼の声を以って彼女を歓迎していただろう。英雄とは化物と同義、いつその矛先が気紛れに向けられるか分かったものではない故に、存分におだてて褒めそやすことで、気分良くお帰り願っていたはずだ。

 だが今回は歓迎ムードを出せない。尋常の理に属する人々が敬遠するのは、なにも神や英雄、怪物ばかりではないのである。国の権力者もまた、自身の生活を脅かす潜在的な『敵』なのだ。特に現在のイリオン王ラーオメドンなどがその最たるものである。


 ラーオメドンは神罰を鎮めるためと称し、イリオンに住む純潔の乙女を全員生贄にした。市民が自分たちの娘や兄弟姉妹を生贄として殺されたことを、憎んでいないはずがない。

 そもそも神罰が下された原因はラーオメドンにあるのだ。彼こそが真っ先に死ぬべきであるのに、王だからと権力を振りかざしてのうのうと生き残っているのである。叶うなら呪い殺してやりたいと思う者すらいた。

 だが、王権とは神に保証されたもの。王に逆らうのは神に逆らうも同義。故に人々は憎悪を押し殺してひたすらに堪えるしかない。

 王宮の方から輿を担いだ数名の戦士と、50名近い武装した戦士団が走ってくる。市民はその気配を早くに察していたから、素早く道を開けていた。巻き込まれたくはない、しかし何が起こっているのか知らないままでいるのも恐ろしい。そんな心理で市民たちは遠巻きに事の成り行きを見守った。


「止まりなさい、ニコマ!」


 戦士団に守られてやって来たのは、イリオンの王妃ストリューモーである。彼女は眦を釣り上げ、敵意の中に恐怖を秘めた眼差しで少女に命じた。

 市民の気配が、ざわりと波打つ。王妃が直々に戦士団を率いて来るのは、今まで例になかったことだ。何が起こるのかと固唾を飲む雰囲気に王妃は気づかず、しかし戦士たちは若干気まずそうに身じろぎした。


「これは、ストリューモー様。お出迎えありがとうございます」


 ニコマと呼ばれた少女は、綿菓子のように甘く微笑んで応じる。

 武装した戦士たちを前にしていながら、怯んだ様子は微塵もない。毛筋の先ほども動揺していなかった。

 そんなニコマに対して、却って気圧されたのはストリューモーの方である。彼女が怯えているのは、理由の一つとしてニコマの衣装が変わっているからというのもある。しかしストリューモーは、神罰の獣を討ちに行く前のニコマを知っていた。あの時のニコマと今のニコマは、明らかに様子が変わっている。

 ニコマの身から溢れ出る生気ときたら、どうだ。ただでさえ優れていた美貌が、いっそうの輝きを放っているようではないか。猫を被ってか弱い乙女に擬態していたに違いない。その思いを強くする。


「……出迎え? ええ、確かに出迎えました。しかしそれはあなたを労うためではありません。それよりなんですか、そのはしたない格好は!」


 少女は肢体のラインをくっきりと浮かび上がらせる、くるぶし丈の黒い貫頭衣を着込んでいた。それは左右に入っている切り込みスリットによって、白くしなやかな太腿を覗かせる扇情的な装いとなっている。

 貞淑でありながら艶を醸す、少女性の清さと女らしい色気を両立する様は、およそ尋常の世から発生したものとも思えない。さらにニコマは白いヴェールを被り、星を模した髪飾りで留めて。十指に木の指輪を嵌め、曲線を描く細い刀剣を二本、腰に巻いたベルトに挿している。それらの装飾や武装が、少女にエキゾチックな魅力を与えていた。

 修道服と呼ばれるものをイリオンの人々は知らず。花嫁が被るヴェールもまた彼らの知識にはない。神秘的で高貴な装いでありながら、扇状的な風をも纏う格好の少女をストリューモーは舌鋒鋭く指弾した。


「ここを発つ前はそんな格好ではなかったはず。荷物もなくイリオンに来たあなたが、そんなものを持っているはずはありません。魔女の術によるものですか」

「そんなことはどうでもよろしいでしょう?」


 佇まいを変えることもなく発されたにべもない返答に、ストリューモーは鼻白む。

 敵意も戸惑いもない、透徹とした碧い視線は王妃の心の内を見透かしているようで。知らず王妃は生唾を呑み込んだ。


「物々しいとはいえお出迎えくださったのがストリューモー様だけ。お父様に私の帰還を知られる前に、私を追放しにでも来たのですね」


 その通りだった。図星を突かれた王妃の内心に、やはりこの魔女の娘は恐ろしい存在だという思いを深めた。

 なぜ分かるのだ。この理解の速さはなんなのだ。ともすると人の心を読めるのではないかとすら畏怖する。

 グッと怯えを押し殺しながら、ストリューモーは居丈高に応じた。


「あなたのような魔女の娘を王家に迎え入れるわけにはいきません。あなたは如何なる処分も受けると言いましたね? あなたへの処分は追放、これは私たちの総意なのですよ」

総意・・、ですか」

「ええ。逆らうのなら実力行使をするまで。今すぐに立ち去りなさい!」


 ストリューモーの言に、ニコマはぐるりと戦士団を見渡した。戦士たち一人一人の顔を、個別に識別するように。

 硬い顔だ。表情は無。そういう顔を、ニコマは知っている。死を目前にした者が、なけなしの覚悟で心を武装している顔である。

 戦士団は悟っているようだ。目の前の王妃よりずっと賢い。

 国を滅ぼす神罰の獣マレハーダを、ニコマが討ったのなら。そんな化物に普通の人間が、策も凝らさずに敵う道理などありはしない。

 戦えば勝てる、戦えば負ける。勝てば生き、負ければ死。ニコマと戦士団の間には、強者と弱者の認識が結ばれていた。

 しかしそんな彼らに、ニコマは安心させるように微笑みかけた。戸惑い、隣り合った仲間と顔を見合わせる戦士たちをよそに、ストリューモーは語気を強めて命じる。


「さあイリオンの秘宝デュランダーナを返すのです。追放されるあなたにはもう無用の物――ひっ」


 いつの間に抜刀していたのだろう。黒刀を抜き放ったニコマは、その切っ先を王妃に向けていた。

 反抗の意志ありと断じるべき蛮行、しかしストリューモーは恐怖のあまり喉を鳴らした。

 薄い刀身のデュランダーナが一瞬にして伸びていた。彼我の間にあった20メートルもの距離を無とするほどに。デュランダーナが、ストリューモーの喉元に突きつけられたのである。


「そ、そんな……デュランダーナを、こうも使いこなして……!?」

「動かないでください。ストリューモー様も、戦士の皆さんも」


 ニコマはあくまで穏やかだ。怒りも、殺気もない。笑顔、笑顔である。細められた目も、笑っていた。

 愉しんでいる。現状が愉快で愉快で堪らないと、隠す気もなく笑っている。それが却って恐ろしい。笑ったまま人を斬れる人格破綻者にしか見えない。


「まずは誤解のなきように。私はお父様からくだされる処分なら、一もニもなく受け入れていたでしょう。しかしストリューモー様は王妃ではあっても、私のお母様ではありません。あなたの命令に服従する義務はないのです。ですが……私はイリオン王家に不和の種を撒きたいわけでもなく、王家の女性の・・・・・・総意であるなら追放も受け入れましょう。しかし――」


 笑顔は、揺るがない。ニコニコと、笑う。好ましい展開だとあからさまに機嫌を良くしている。


「――これは、お父様が私にくださった物。私からこの剣を取り上げられるのはお父様だけ。ストリューモー様にお渡しすることはできません」

「な、なにを……デュランダーナは、イリオン王家の者が持つべき至宝! あなたのような者にその資格は――」

「あります。ありますよ。だってお父様が認めてくださいました」


 ニコマはデュランダーナの切っ先を王妃の喉元から離し、刀身を短くすると鞘に納めた。そして一息に跳躍すると市民の家屋の屋上へ飛び乗る。

 人々の目が自身に集まっているのを見渡して、彼女は名乗る。名乗ってしまう。これから巻き起こる破滅の宴・・・・を報せるように。


「みなさま、お初にお目にかかります。私の名はニコマ。イリオン王ラーオメドン様の子。そして海神様をお諌めする役を担い、それを成し遂げた者です」


 「王の娘?」「いやでも、おれはあんな王女様がいらっしゃるなんて聞いたこともないぞ」「王妃様はあの方を魔女の娘と言ってなかったか?」「魔女の娘?」「やっぱり神罰を鎮めてくれたのはあの方だったんだな」


 にわかに騒然とする市民を静まらせることが、ストリューモーにはできないでいた。

 なぜならニコマがストリューモーを横目に見ている。余計な口を挟むなと、にこやかな目が縛り付けてきている。

 王妃は理解した、自分の手に負えない化物に手を出してしまったのだと。

 気づいたところで後の祭りだ。ニコマは朗々と語る。


「ラーオメドン様に認められ、王家の一員として迎え入れられた私には、市民のみなさんをお守りする義務があります。王家の者は権威と権力の上にふんぞり返っているだけ……そのように思われているのでしたら、どうか安心してください。私がみなさんをお守りすることはあっても、その逆はあり得ない。私がみなさんに害を成すことはないと約束しましょう」


 彼女の声は、あまりに甘美で。その所作と声の抑揚は力強く、市民の心に染み付いていく。

 嘘偽りのない誠実な姿。自分たちの知る恐ろしい英雄バケモノとは違う優しげな佇まい。自分たちの心に直接語りかけるような仕草は、市民たちの目に途轍もなく新鮮に映った。

 だって、そうだろう。彼女は違うのだ、これまでの権力者とその血族とは。

 ニコマは市民に語りかけている。背景・・の一つとしてではない。市民という弱者、支配されるだけの雑草としてではなく、一人の人間として認識している。市民は弱い、しかし愚かでもない。彼らは権力者を誰よりもよく見ているからこそ、これまでの権力者にはない真摯な姿勢を敏感に感じ取った。


 故にこそ魔的なまでに、彼女の言葉は市民の心に叩きつけられていた。


「私を知る者はいないでしょう。それも仕方ありません。私はイリオンの外より来たりし者、みなさんはこの面貌を知り得る機会がなかった。ですが私は、それを理由に王家の責務を放棄する気はありません。

 今後もし神々のお怒りがイリオンに向けられたなら、私がお諌めするために身を張りましょう。もし恐るべき軍勢がイリオンを襲ったなら、イリオンの誇る戦士たちと合力しみなさんを守りましょう。私はみなさんを虐げません、みなさんの平和や生活を脅かしません。私は王家の者として育たず市井で育まれた者、故にみなさんのお気持ちがよく分かります。

 ですので、どうか――どうか、怯えないで。私を受け入れてください。『私は』敵ではありません。たとえ何があろうとも、『私だけは』あなた達の痛みを理解して、あなた達の怨みを認めましょう」


 惹きつけられる。両腕を広げ、にこやかに語り掛けてくる少女に。

 大きな声なのに五月蝿くなく、歌っているようなのに煩わしくない。

 市民たちは思った。

 誰かが呟いた。

 「こんな方が、王様だったらよかったのに」「王家の方に、こんな方がいてくれたら……」

 いくらでも繰り返そう。彼らは愚かではない、少女がほんとうは、イリオン王家の人間ではないと察している。

 王の隠し子? ……隠す意味などないだろう。

 王に一族として迎え入れられた? あの美貌だ、あの愚王なら喜んで迎え入れるだろう。むしろ自分の物にするために攫ってきたのではないか。

 市民たちは、敢えて曖昧に濁されたニコマの言葉の真意を汲んでいた。市民たちは、ニコマの演説に取り込まれていた。ニコマが嘘を言っておらず、本気で、本心から、王家の責務と義務に対して向き合っているのだと感じさせられていた。


 だからこそ、だ。ニコマがふいに、悲しそうに表情を曇らせたのに、市民たちの心は引き寄せられた。


「……ですが、無念です」


 声の抑揚。視線の運び。手の動きと動作の大きさ。そして表情。カリスマと目される大人物や演説の名人が解き明かした、人心掌握のための術。それを、少女は自然体のまま成してみせる。

 演技のようで演技でなく、それは少女少年が持つ特異性によるものだ。


「私はイリオンを去らねばなりません。みなさんの平穏を守る義務を果たせません。私は、みなさんを裏切ってしまいます」


 凪いだ湖面に石が投げ込まれたように、波紋が広がる。


「王妃様は私を魔女の娘だと、謂れのない・・・・・濡れ衣を着せて、私を追放すると宣言なさいました」

「い、謂れのない、ですって!? 戯けたことを、あなたが自分で――」

「これは王家の総意・・・・・とストリューモー様は仰りました。であれば是非もありません。私はイリオンより去りましょう。……無念です。ただただ、無念です」


 ストリューモーの金切り声に被せ、市民へとニコマは語り掛け続ける。虫を見つけたような目で、王妃を一瞥して。

 王妃はその目に、喉をひりつかせた。一瞬自身の首が飛ぶ幻覚を見てしまったから。

 殺気はない。殺意もない。煩わしい雑音ノイズを取り除くのに、そんなものは要らないだろう。ストリューモーは再び悟った。あの少女は、真正のバケモノである――


「私がイリオンを去った後、みなさんは……みなさんを守らない王家の支配下に置かれたまま生き、死んでいくのでしょう。神々のお怒りを鎮める手段を持たず、みなさんの兄弟姉妹、親や子を犠牲にすることでしか事を成せない王家の下で。今後も私のような者が現れる保証はありません、次はイリオンそのものが滅ぼされるかもしれなくとも……私は王家から去らねばならないのです。それが現王家の決定なのですから」


 ――あなた達は、それでよいのですか?


 ニコマは、市民の心に毒を滴らせる。


「ですが覚えていてください。私はいつまでもイリオンのみなさんのことを忘れません。私は義務を放棄しません。私は帰ってきます・・・・・・。みなさんを再び、大いなる災いが襲ったなら。しかし――


 今の王家が健在なら・・・・・・・・・、私は決して帰ってくることはできません。私は追放された身なのですから。


 ですが、繰り返し宣言しましょう。私はみなさんを見捨てません。みなさんが望むなら・・・・・・・・・、いつでも帰ってきます。どうかそのことを、覚えていてください。それでは――さらばです」


 ニコマは頭を下げた。両手を膝に置き、背中を丸めて、深く。

 王家の人間が公に頭を下げたことに市民は小さな衝撃を覚え、大きな楔を心に撃ち込まれる。

 少女は跳んだ。地面に着地し、人だかりも気にせず城門に向かう。市民はニコマのために道を開け、立ち去るのを見届ける。


「なんて悪辣な。やはり魔女の娘はろくでもないっ。デュランダーナを持ち去るのみならず、訳の分からないことを並べ立てて……何をしているのです、早くアレを追いデュランダーナ、を……」


 ニコマが去ったのを、金縛りに遭ったように見ていたストリューモーが、我に返る。そして沈黙に支配された空間で、ハッとしたように何かを言おうとして。彼女は息を呑んだ。

 市民の目が、絶対零度の冷たさで、自分を睨むでもなしに見詰めている。

 現在のイリオン王家は、市民からまったくと言っていいほど支持されていない。市民全体から娘や姉妹を奪い、生贄としてその命を散らせたのだ。慕われているわけがなかった。


 そして何よりこのイリオンには今――破滅の女神アーテーがいる。人の目には見えないアストラル体で、ぼんやりと事の成り行きを眺めていた彼女のすぐ傍にいる人々は、王家を含めてアーテーの影響を受けていた。

 なーんか、むつかしい話してるなぁ。そんなことを思うアーテーは何もしていない、ただそこに在るだけである。だがその影響力は絶大だった。


 不和の女神エリスの娘にして、破滅と愚行、妄想と不法を司るアーテーの影響を受けている人々は、一度掻き立てられた不和の火を鎮火させることはできなかった。


 イリオンの王家と市民の間に、大きな溝が生まれる。元々あったそれが更に大きな亀裂となり、二度と修復することのできない壁となった。

 それはニコマが煽り、招いた破滅。捲土重来を期した布石。

 彼女は戻ってくるだろう、市民の怒りが炸裂し現王家が滅ぼされた後に。

 アンカー教団の設立のために、安価の導きに従って。




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【黒幕系仮想聖女を目指すニコちゃんのデスゲーム生実況スレその2】


 安価スレです。イッチが政府主導のER技術によるデスゲームで生実況プレイしてます。

 投げ銭、投げ品、コメント、大歓迎。

 合言葉は「安価は絶対」

 現在のロールは『聖女』『屑野郎』『愉快犯』

 キャラ背景は『遥か東から父娘で行商に来てたが賊に襲われ逃げ出した。父親死亡済み』『ふわっふわな不遇の幼少期を送ったせいで目が濁ってる』

 生き様『安価教団を設立して黒幕化』『今来た。え、何が始まるんです?(煽り)』

 イッチことニコちゃんのスレのルールは以下の3点。今後追加されるかも。


 1、みんな仲良く。

 2、安価を取っても、既に決まっているロール優先。

 3、イッチのことはニコちゃんと呼ぶこと。


 以下、これまでイッチがクリアしてきたデスゲーム実況スレッド。なお全部安価で決まったロールを実行した模様。


 デビュースレッド『イッチが個人制作デスゲームのゾンビパニックで、最後の一人まで生き延びようと足掻く生実況スレ』

 二スレ目『イッチが銃撃アクションで心理バトルを戦い抜く生実況スレ』

 三スレ目『イッチが超能力で敵味方鏖殺しながら生き残る生実況スレ』

 四スレ目『イッチこと山口駅が最強の剣士として優勝を目指すバトロワ生実況スレ』




【ニコちゃん:新スレ立てました。ついでにイリオンに不和バラ撒いて脱出しちまいましたぜ】


【英雄志望2:立て乙】


【英雄志望3:立て乙。……ニコちゃんって何者? ストリューモーが来るのも織り込み済みだったからあんな演説できたの?】


【ニコちゃん:いえ、テキトーにいちゃもん付けてイリオンから出て行くつもりではいましたけど、ストリューモーが来るのは想定していませんでした。あれはアドリブです】


【英雄志望5:アドリブ!?】


【英雄志望6:流石ニコちゃんやでぇ……】


【英雄志望7:アドリブで演説し始めて人の心をガッツリ煽る15歳とはいったい……】


【英雄志望8:ねえほんとにニコちゃんって『インスト』使ってないの? 素のニコちゃんのまんま?】


【ニコちゃん:そうですよ。他人の経験とか読み込んで生き残っても楽しくないので】


【英雄志望10:ひぇぇ……】


【英雄志望11:ニコちゃん、恐ろしい子……】


【ニコちゃん:ところで今、人居ます? 点呼します。いたら挙手してください】


【英雄志望13: ノ 】


【英雄志望14: ノ 】


【英雄志望15: ノ 】


【ニコちゃん:三人ですか。人いませんね】


【ニコちゃん:しょうがないので一旦オチます。今度は昼一時から再開です】


【英雄志望18:乙カレー】


【英雄志望19:十三時からね了解。飯食っとくわ】


【英雄志望20:うーんおれもアバター作って『オリンポス』やろっかな】


【英雄志望21:キャラ安価なら任せろ〜!】


【ニコちゃん:『オリンポス』来るなら私と合流してくださいね! 他の人とのコラボとかはじめてなので楽しみにしてます!】


【英雄志望23:あれ?w なんかやるの確定してるの?w じゃあ前向きに検討しておきます(曖昧)】








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